TOCCHI-NICOLSON

気の向くままに

脚本「忘却の罪 終」

 

  一ノ宮が入院していた病院(夜)

 

  同・病室(夜)

   頭に包帯を巻いたかなえが酸素マスク

   をつけてベッドで横になっている。

   側には一ノ宮と医者が立っている。

医者「では失礼します」

   と、病室から出て行く。

   一ノ宮はイスに座り、かなえの手を握

   る。

一ノ宮「かなえ、許してくれ・・・」

 

  新月川・周辺

   穏やかな風景が流れる。

一ノ宮のナレーション「もう一度この記憶を

  失ってあの日の出来事を忘れれば、僕は

  今ままで通りの僕でいれるし、また君を

  愛せるだろう。 だけど、かなえが時々

  見せていたあの表情は、かなえ自身があ 

  の出来事に縛り付けられ、本来の自分を

  取り戻せずにいるからだと気づいた。  

  ならばその重荷を、僕がこの頭の中に刻

  まれた記憶を閉じ込めていよう。 そし

  て君は記憶を無くして、また初めから僕

  と新しい過去を作っていけばいい」

   ナレーションの合間に川、階段、橋、

   ため池と事件に関連する場所が移り変

   わっていく。暖かい陽気に包まれた穏

   やかな場所。

 

  病室(夜)

   一ノ宮がかなえの手を握っている。

   かなえは表情を変えず瞼を閉じている。

一ノ宮「だから僕は君を・・・許してくれ」

   握った手をゆっくり解き、立ち上がる。

   かなえを見つめ、病室から出て行く。

かなえ「(目を瞑ったまま)・・・」

 

  かなえが入院している病院(朝)

 

○同・病室

   一ノ宮が花束を持って病室の中へ入っ

   てくる。

一ノ宮「おはよ・・・」

   立ち止まり、目を見開く。

   かなえがベッドから体を起こしている。

かなえ「(一ノ宮の方を見ている)・・・」

一ノ宮「かなえ・・・かなえ・・・起きたの

  か」

かなえ「・・・」

   ゆっくりとかなえに近付く。

   花束が手から落ちる。

かなえ「(小さく会釈する)・・・」

一ノ宮「(微笑む)・・・」

かなえ「・・・かなえって、かなえって誰で

  すか」

一ノ宮「(驚く)・・・」

かなえ「・・・あなたはどなた?」

   と、何も知らない表情で質問する。

一ノ宮「(涙が溢れ出し)僕は、いちのみや、

  はじめです。 はじめです・・・」

   一ノ宮、地べたに座り込み、号泣して

   いる。

一ノ宮「(号泣しながら)これで良かったんだ、

  これで良かったんだ・・・」

   病室の窓の側にはかなえが一人で写る

   写真がガラスで出来た透明の写真立て

   に飾られている。

   かなえがベッドから降りて一ノ宮を胸

   で抱く。

かなえ「(小さく微笑む)・・・」

 

  同・病室の窓の外(朝)

   病室の窓の外から抱き合う二人が見え

   る。

 

  かなえの家(朝)

 

  同・中

   乱雑になったままの部屋。 アルバム

   の方へズームしていく。

   アルバムの見開きには一枚だけ写真が

   抜かれている。

 

  病室の窓の外(朝)

   二人が抱き合っている。

   窓の近くに置かれていた写真立ての背

   面にピントが合う。

   写真は一ノ宮が記憶を戻すきっかけに

   なったアルバムから抜かれた写真。

   一ノ宮とかなえが並んでピースをして

   いる。

 

  新月橋

   橋の手すりに腕を置き、川を眺める間

   柴と芽田。

芽田「有川もあの階段から落ちて記憶喪失。  

  ますます怪しいですね。 しかもその現

  場には一ノ宮がいた・・・」

間柴「一ノ宮があそこにいたのは、記憶が戻

  ったからだろう」

芽田「(驚く)えっ・・・」

間柴「あの階段で一ノ宮が俺に、こう言った

  んだ。 間柴さんって・・・一ノ宮の記

  憶が無くなってから初めて会った時、わ  

  ざと名前を伝えなかった。 記憶が無く

  なる前は俺の名前を知っていたからな」

芽田「では、事件の事を思い出したんじゃな

  いですか」

間柴「(ゆっくり首を横に振る)いいや、記憶

  は戻ってないの一点張りだ。 真実を隠

  して生きていくなんて窮屈だろうに」

芽田「有川の記憶喪失も本当なのでしょうか」

間柴「それは二人しか知らないだろう」

芽田「でも、どっちなんでしょうか。 記憶

  が戻った時に対処出来る様に近くにいた

  のか、一ノ宮の事を想うから近くにいた

  のか」

間柴「・・・」

芽田「今、追っているのが、本当は事件じゃ

  なくて事故であればいいのに・・・」

間柴「まったくだ」

   と、その場を離れる。

 

   終わり

脚本「忘却の罪⑩」

 

  かなえの家・中(夜)

   一ノ宮とかなえが部屋に少し離れて座

   っている。 二人は沈黙し、テレビか

   ら流れる音が響いている。

かなえ「はじめさん、夕ご飯の食材買ってく

  るね」

一ノ宮「・・・うん、わかった」

   かなえが、家を出る準備をする。

かなえ「行ってきます」

   かなえが家を出て行く。

一ノ宮「・・・」

   机の上に置いているリモコンを手に取

   り、テレビのチャンネルを変える。

 

  テレビ画面

   ニュース番組に変わり、記憶喪失のピ

   アニストが記憶喪失が嘘だったと報じ

   られている。

 

  かなえの家・中(夜)

一ノ宮「・・・」

   無言でテレビの電源を消す。

   周りを見回す一ノ宮。 棚の上に一ノ

   宮と、かなえが写る写真が飾られてい

   る。

一ノ宮「・・・」

   そのまま目を下にやると引き出しがあ

   る。

一ノ宮「・・・」

   引き出しに手をやり、ゆっくりと開け

   ると写真のアルバムが入っている。

一ノ宮「・・・」

   アルバムをめくるとかなえの小さい頃

   の写真が入っている。

一ノ宮「(つぶやく様に)変わらないなー」

   アルバムの真ん中は飛ばし最後の方を 

   見る。

一ノ宮「ん・・・!?」

 

  写真

   肩までかかる髪に赤い淵の眼鏡をかけ

   たかなえの姿。 一ノ宮とかなえが並

   んでピースをしている。

 

  かなえの家・中(夜)

一ノ宮「(息が早くなる)え・・・」

   アルバムを落とす。 息が上がり肩を

   大きく揺らす一ノ宮。

一ノ宮「はぁ、はぁ」

   頭を抱え、そのまま倒れる。

 

  かなえの家・前(夜)

   スーパーの袋を片手に歩いているかな

   え。

 

  かなえの家・中(夜)

 かなえがドアを開け入ってくる。

かなえ「ただいま〜」

   靴を脱ぐ。 一ノ宮の靴も置いてある。

   リビングに通じる廊下を歩き、ドアを

   開ける。

かなえ「えっ・・・」

   乱れた室内。

かなえ「(スーパーの袋を置き)・・・はじめ

  さん?」

   引き出しが開けっ放しで、アルバムが

   落ちているのを見つけ近付く。

かなえ「(口を押さえる)はっ・・・」

   長髪で赤い淵の眼鏡をかけたかなえの

   写真が見開きで落ちている。

かなえ「(愕然)・・・」

 

  道路(夜)

   くたびれるように走る一ノ宮。

一ノ宮「(走っている)はぁ、はぁ」

   裸足で走っている一ノ宮。

一ノ宮の心の声「僕は、僕はあの日・・・」

 

  回想・一ノ宮の家(早朝)

   アパートのベランダであくびをしてい

   る一ノ宮。 

一ノ宮の声「あの日僕は、足の痛みで朝早く

  起きた」

一ノ宮「(下を見つめる)ん・・・」

   一ノ宮の家の前を歩くかなえ。

一ノ宮「ちょ、ちょっと」

   足を引きずりながら部屋に戻る。

一ノ宮の声「なんで、こんな時間に? なぜ

  かなえはこんな時間に出歩いているんだ

  ろうと、僕は後を追った」

 

  一ノ宮の家・前(早朝)

   痛がりながらも自転車に股がる。

 

  道路(早朝)

   片足だけで自転車のペダルを漕ぐ。

一ノ宮「あっ」

   かなえが前を歩いている。

   片足だけでゆっくりと漕ぐ。

一ノ宮「(ブレーキをかけ止まる)えっ・・・」

 

  自転車の車輪

   車輪の動きが止まり左足を地面につけ

   る。

 

  新月橋(早朝)

   新月橋でかなえと中野がばったり会う。

   二人で立話しをしている。

 

  道路(早朝)

   ハンドルを握り、二人を見つめる一ノ   

   宮。

 

  新月橋(早朝)

   中野が話しから逃げるようにかなえを

   置いて歩を進める。 それを追いかけ

   るようにかなえが着いていく。

 

  道路(早朝)

一ノ宮「・・・」

 

  新月橋(早朝)

   一ノ宮が恐る恐る歩いていった方向を 

   見る。 

   ため池の方へ歩いていく二人。

一ノ宮「・・・?」

 

  ため池・入り口(早朝)

   スタンドを立てて赤色のママチャリを

   置いている。

 

  ため池(早朝)

   ゆっくりと一ノ宮が歩く。

   少し遠くでかなえと中野が立っている。

かなえ「もう、手を出さないで下さい」

中野「私はあなたが憎いの、あなたが桜木君

  から手を引かなかったからこうなるの」

かなえ「それとこれは関係ない」

  中野がしゃがみ白い花を見ている。

中野「あなたが新しい蕾を咲かせよとした

  って」

   白い花を摘む中野。

中野「(白い花を見せつけ)私はそれを摘んで

  枯らすだけ」

一ノ宮「・・・」

かなえ「・・・」

   かなえと中野がつかみ合う。

   かなえが押すと中野が鈍い音と水がは

   ねる音をならして、ため池に落ちる。

かなえ「はぁ!・・・」

   その場で座り込み、震える手で口を塞

   ぐ。

一ノ宮「(後ずさりする)・・・」

   一ノ宮が足下に落ちていた枯れ木を踏

   みつけ音がなる。

かなえ「(振り向く)誰!?」

   一ノ宮が足を引きずりながら逃げる。

一ノ宮「なんで・・・なんで・・・」

   かなえも立ち上がり、一ノ宮の後を追

   いかける。

 

  ため池に浮かぶ白い花(早朝)

   ピントは白い花に当てられているが、

   白い花の向こうに中野のピンクのジ

   ャージが際立つように浮かんでいる。

 

  ため池・入り口(早朝)

   赤いママチャリに乗ろうとするが足

   がもつれママチャリを倒す。

   そのまま新月橋の方向まで走って逃げ

   る一ノ宮。

かなえ「待って、待って・・・」

   かなえが走って追いかける。

 

  新月川・土手沿い(早朝)

   足を引きずりながら走る一ノ宮。

一ノ宮「(息切れしている)はぁ、はぁ」

   川岸に釣りをしているおじいさんを見

   つけ階段にめがけて走る。

一ノ宮「(釣りをしているおじさんを見る)は

  ぁ、はぁ」

かなえ「待って・・・待って!」

   階段に躓き階段から落ちていく一ノ宮。

 

  回想終・暗闇

 

  新月川・土手沿い(夜)

   うなだれて立ち尽くす一ノ宮。

一ノ宮「・・・そっか、かなえ・・・」

   裸足のまま、すり足で進む。

   階段の一番上に立つ。

一ノ宮「(見下ろす)・・・」

 

  かなえの家・中(夜)

   玄関のドアが静かに開く。

   間柴が顔を出す。

間柴「有川さん」

   間柴がゆっくり家の中へ入り、リビン

   グのドアを開ける。

   かなえは部屋のどこにもいない。

   棚の引き出しが開けっ放しになってい

   る。

間柴「・・・?」

   アルバムに近付く。

間柴「(首をかしげる)なんでここだけ・・・」

   アルバムと乱れた室内を見比べる。

間柴「まずいな・・・」

   間柴立ち上がる。

 

  新月川・土手沿い(夜)

   息を切らしたかなえが一ノ宮を見つけ

   る。

かなえ「(息を切らして)はじめさん、はぁ、

  はぁ、・・・はじめさん!」

一ノ宮「かなえ・・・」

かなえ「(涙を浮かべて)ごめん・・・ごめん

  なさい・・・」

   と、一ノ宮にゆっくり近づく。

一ノ宮「・・・」

かなえ「(一ノ宮に抱きつき)・・・ごめんな

  さい」

一ノ宮「(涙を浮かべる)・・・」

かなえ「(泣きながら)もう、私こうしていら

  れない。 罪を、償わなくちゃ、罪を・・・」

一ノ宮「(涙を浮かべ)隠すのは辛かったろ」

かなえ「(泣きながら)ごめんなさい、ごめん

  なさい」

一ノ宮「(涙を浮かべ)・・・記憶が無くなっ

  ても」

かなえ「(泣いている)・・・」

一ノ宮「(泣きながら)・・・きっとまた愛せ

  るのかな」

かなえ「(泣いている)・・・」

一ノ宮「(泣きながら)・・・愛してくれ」

   一ノ宮が、階段からかなえを突き落

   とす。

   スローモーションでかなえが落ちてい

   く。 かなえは驚きと悲しみの表情。

   階段の上に一ノ宮が佇んでいる。

間柴の声「一ノ宮君!」

   間柴がこちらに近付いてくる。

一ノ宮「(涙を流しながら)間柴さん・・・」

間柴「(一度立ち止まり)こんな所でどうした

  ?」

一ノ宮「かなえが、かなえが階段から落ちま

  した」

間柴「(驚き)な、なんだと」

   間柴が階段の下を見る。

間柴「(驚き)有川さん!」

   階段を急いで降りていく。

 

  新月川・川岸(夜)

   かなえが倒れている。

   間柴が近付き、かなえの体を揺する。

間柴「かなえさん! かなえさん!」

かなえ「(寝ている様な顔)・・・」

 

  新月川・土手(夜)

   一ノ宮はその場に座り込み、うなだれ

   る。

脚本「忘却の罪⑨」

 

  回想・東野中央病院

T 「1年前」

 

  同・病室

   桜木がベッドで寝ている。

かなえの声「お待たせ〜」

   差し入れが入ったビニール袋を側の机

   の上に置く。

桜木「ありがとう。 いつも悪いね」

かなえ「ううん、気にしないで。 職場も近

  いし、手間と思っていないよ」

桜木「うん。 そういえば、もうすぐで退院

  出来るって先生が言ってた」

かなえ「本当に? 良かったね。(弁当箱を取

  り出し)はい、これ」

桜木「あ、ありがとう」

かなえ「最近、食欲ないね。 たまに残して

  いるみたいだし」

桜木「(少し動揺)う、うん、作ってもらって

  るのにごめん」

かなえ「いいのよ。 ずっとベッドの上じゃ

  食欲も出ないだろうし」

かなえ「じゃあ、また明日来るね」

桜木「うん」

   病室から出て行くかなえ。

桜木「(寂しげに見つめる)・・・」

 

○同・廊下

   かなえが歩いている。

   対向から中野が歩いてきてすれ違う。

   中野の手には手提げ袋がある。

   桜木の病室の前で止まり、かなえの歩  

   いていった方向を一度振り返る。

 

○同・病室

   レース情報の雑誌を読んでいる桜木。

中野の声「(小声で)桜木君」

桜木「(驚く)あっ、中野さん」

中野「(笑顔)良かったらこれ食べて。 朝早

  起きして作って来ちゃった」

  手提げ袋から弁当を取り出す。

桜木「(笑顔)ありがとうございます。 あと

  で頂きます」

中野「あとで感想聞かせてね」

桜木「(笑顔)わかりました」

 

○同・病室(夜)

   部屋の灯りは消されていて街灯の光で

   少し部屋が明るく見える。

桜木「(心地良さそうに寝ている)・・・」

   ベッドの側のテーブルの上にはかなえ

   から貰った弁当の蓋が開いており、半

   分ほど残されている。

 

  桜木の家・中(夜)

   桜木はベッドに横になりケータイを扱

   っている。

   その近くでかなえがテレビを見ている。

桜木「今週の日曜日さぁ、友達と遊び行って

  良い?」

かなえ「えっ、その日はドライブする約束だ

  ったじゃん」

桜木「ごめんごめん、中々会えない友達でさ

  ぁ、この機会逃すと会えないんだよね。

  これが、これが最後だから」

かなえ「(寂しそうに)・・・わかった」

かなえのナレーション「でも、会ったのは中

  野美奈子だった。 多分、彼は彼女の魅

  力に惹かれていっていたと思う」

 

  山道から見える街(夜)

 

  山道(夜)

   二車線の道路を桜木と中野が乗るスポ

   ーツカーが走る。

中野「あ〜今日は楽しかったわ。 何か若返

  ったみたい」

桜木「(つんとした表情)・・・」

   沈黙が続く車内。

中野「・・・ねぇ、ホテル行こうよ」

桜木「えっ・・・」

中野「・・・ここの近くにあるから」

桜木「・・・中野さん、もうこの関係辞めま

  せんか」

中野「どうゆう事」

桜木「ごめんなさい・・・やっぱり俺には付

  き合っている彼女がいるので」

中野「今さらなんなの? 私の気持ちはどう

  すればいいの?」

桜木「知らないよ。 近づいてきたのはそっ

  ちじゃないですか。 俺はかなえじゃな

  いとダメなんです」

中野「(怒った表情)・・・」

   対向車線から大型のトラックが近づく。

   中野は助手席からハンドルを右に切る。

桜木「(驚き)おい・・・! 」

   急ブレーキの音。

 

  トラックのヘッドライト

   ヘッドライトの白い光が画面いっぱい

   に広がる。

 

  桜木の実家

   桜木家と表札が立っている。

 

  同・室内

   仏壇に桜木の遺影写真が飾られている。

   線香の煙が立ちこめている。

   机の上には新聞が置いてある。 小さ

   くレーシングドライバーがまさかの死

   亡事故と書かれている。

かなえ「(お辞儀をし)ではこれで失礼します」

桜木の母「(泣きながら)ありがとうございま

 した。 健一郎も喜んでいると思います」

かなえ「(お辞儀する)・・・」

 

  桜木の実家

  お辞儀して玄関からかなえが出てく

  る。

 

  町の道路

   かなえが歩いている。

 

  公園

   入り口に中野が浅く腕組みして立って

   いる。

   中野は腕に包帯が巻かれていている。

   かなえは一度気付き、立ち止まるがそ

   のまま前を通り過ぎる。

かなえ「(すれ違い様に会釈)・・・」

中野「私が殺したのよ」

かなえ「(立ち止まる)・・・」

中野「あの子が自分勝手な事言ってたから」

かなえ「(振り返り)・・・どういう事」

中野「桜木君は私と一度関係を持った。 で

  も、その後、関係を断たれた。(薄笑い)

  私も言ってしまえば被害者よ」

かなえ「(驚く)・・・」

中野「あなたは一度、男に捨てられているの

  よ」

   立ち去っていく中野。

 

  回想終・かなえの部屋

かなえ「・・・」

一ノ宮「・・・」

   二人の沈黙が続く。

一ノ宮「(沈黙を断ち切るように)ちょっと外

  の空気でも吸いに行こうか。 あの丘上 

  に」

 

  喫茶店・中

多田「かなえちゃんはもう戻ってこない」

   と、うつむいたまま。

   机の上にあるケータイを取る。

多田「(ケータイに)あの、今から会えません

  か? 重要な手がかりなんですが」

   と、力なく話す。

 

  丘の上(夕)

   ベンチに腰掛ける、一ノ宮とかなえ。

 

  町の景色(夕)

 

  丘の上(夕)

かなえ「・・・本当はね」

一ノ宮「・・・?」

かなえ「はじめさんと付き合っていたの。 職

  場のみんなには黙っていたけど」

一ノ宮「えっ・・・」

かなえ「私、はじめさんが記憶を失う前に一

  緒にここに来たの。 それは私から誘っ

  て」

一ノ宮「(かなえの方を見る)えっ・・・」

   ベンチに座る二人の背中が少し昔に戻 

   る。

かなえ「昔の彼氏を亡くしてから、私を救っ

  てくれたのは、はじめさんだった。

  どんな時も側にいてくれた。 だから、

  はじめさんを誰にも取られたくなかった」

一ノ宮「・・・」

かなえ「・・・あの頃も好きだったし、今の  

  はじめさんも好き・・・でも・・・」

一ノ宮「・・・」

かなえ「私は、はじめさんを愛してもいい資

  格なんてないのかも」

一ノ宮「・・・」

かなえ「(涙を浮かべる)・・・あんな、あん

 な事をしてま・・・」

   一ノ宮がかなえの言葉をかき消すよう

   に肩を抱く。

   かなえは一ノ宮の胸で泣いている。

一ノ宮「(真剣な眼差し)・・・」

 

  喫茶店・中(夕)

   入店を知らせる鈴の音が店内に響く。

   間柴が店内に入ってくる。

間柴「待たせましたね」

多田「とんでもない」

間柴「(すぐ席に着き)で、話しというのは」

多田「あの事件の事ですが」

   と、もったいぶる様にコーヒーを一口

   すする。

多田「階段から落ちる前からケガをしていた

  らしく、中野さんと揉み合いになった時

  にケガをしたのかもしれません。 あい

  つが絶対犯人ですよ。 刑事さん」

間柴「(ため息をつき)・・・その話しだが俺

  も病院から聞いていた」

   と、期待はずれっぽく言う。

間柴「しかも、そのケガは事件前日の夜、ア

  パートの階段から落ちてケガをしている。 

  アパートの住人からの情報も入った」

多田「(驚き)そんな、そんなはずはない! あ

  いつが犯人だ。 あいつはそういう奴

  だ!」

間柴「・・・話しがそれだけなら帰りますよ」

   と、席を立とうとする。

多田の声「(擦れるような声)あいつが犯人だ、

  あいつが犯人だ、記憶を戻さないように

  守られているから・・・」

間柴「(立ち止まり)いまなんて?」

多田「かなえちゃんが、はじめの記憶を戻さ

  ない様にしているから、戻らない限りあ

  いつは捕まらない」

間柴「(席に戻り)どういう事だ」

多田「・・・アイツが捕まらない様に記憶が

  戻らない手だてをしているんだ」

 

  フラッシュバック・調剤薬局・中

   受付の奥でかなえがパソコンを眺めて

   いる。

多田「(かなえを見つめる)・・・」

 

  喫茶店・中(夕)

多田「・・・かなえちゃんが何を調べている

  のか無性に知りたくなった・・・検索履

  歴を、見てしまった」

間柴「(真剣に見つめる)・・・」

多田「・・・記憶が戻らない方法を調べてい

  ました」

間柴「記憶が戻らない方法・・・」

多田「(泣きながら)なぜあんなにはじめの事

  を守ろうとするんだ。 なぜあいつなん

  だ」

間柴「ありがとう。 重要な手がかりだった」

   と、小銭を机に置いて席を立つ。

 

  喫茶店・外(夕)

   喫茶店の近くに車を停めている。中に

   芽田が待機している。

   間柴が車の助手席のドアを開き、乗り

   こむ。

 

  車・中(夕)

芽田「なにか手がかりはありましたか?」

間柴「・・・大有りだ」

   と、言いながらシートベルトを装着す

   る。

芽田「やはり犯人は一ノ宮ではないと?」

間柴「一ノ宮が犯行を行える様な状態では無

  かったと言う事は分かっているが・・・

  だが、なぜ犯行現場にいたのか」

芽田「・・・」

間柴「一ノ宮が有川に惚れていたからだ」

芽田「有川・・・あの女」

間柴「(うなずく)・・・一ノ宮の記憶が戻る

  と自分の犯行がばれてしまうから、記憶

  が戻らないように一緒にいた」

芽田「・・・記憶が戻ると一ノ宮さんの命が

  危ない」

間柴「(うなずく)・・・有川の家に行くぞ」

芽田「はい」

   車が発進する。

 

脚本「忘却の罪⑧」

 

  同・廊下(朝)

   一ノ宮が廊下を歩いている。

   桜木の病室前で立ち止まり、中を覗く。

 

  同・病室(朝)

   かなえと桜木が談笑している。

 

  同・廊下(朝)

一ノ宮「(寂しげな表情)・・・」

看護師「(一ノ宮に)おはようございます」

一ノ宮「(驚き)おはようございます」

   一ノ宮、もう一度病室を見ると、かな

   えが一ノ宮の方を向いている。

一ノ宮「(軽く会釈)・・・」

   足早に立ち去る。

中野「(一ノ宮を見つめる)・・・」

   病室の陰から一ノ宮を見つめている。

 

  町(夕)

   一ノ宮が俯いて歩いている。

中野「一ノ宮さん」

一ノ宮「中野さん。 どうかしました?」

中野「いえ、一ノ宮さんの元気がないなと思

  って追いかけてきました」

一ノ宮「(素っ気なく笑い)そうですか」

中野「有川かなえさんの事ですよね」

一ノ宮「(驚き)えっ、どうして」

中野「見ていれば分かりますよ。 それに私、

  一ノ宮さんの事が好きなので見ています」

一ノ宮「えっ・・・そんな事言われても」

   と、足早に離れようとする。

中野「私、一ノ宮さんが望む事なら何でもし

  ますよ」

一ノ宮「望む事なんてないですよ」

中野「有川さんがもし別れたら・・・どうし

  ます?」

一ノ宮「そんな馬鹿な事ある訳ないですよ」

   場所は新月橋まで歩いて来ている。

中野「もし別れたなら、私とデートしてくれ

  ますか」

一ノ宮「えっ・・・」

   立ち止まる。

中野「一日だけでいいですから」

一ノ宮「・・・好きにしてください」

 

  回想終・東野中央病院・屋上

多田「・・・それから、本当に二人は別れた。

  しかし、はじめはもちろんかなえさん

  の事が好きだから、中野からのデートを  

  断った」

一ノ宮「・・・」

多田「それではじめと中野さんの間で揉めて

 いたんだ。 これは、はじめの記憶がある

 時に聞いた話だ」

一ノ宮「そうか・・・」

多田「それでもかなえさんを愛せるか」

一ノ宮「・・・?」

多田「かなえさんが別れたのは、はじめが関

  わっている。 かなえさんを追い込んだ

  のは間違いなくお前だ。 そんなお前に

  愛せる資格はあるのか」

一ノ宮「・・・」

多田「(真剣な顔で見つめる)・・・」

一ノ宮「・・・わからない・・・でも、記憶

  が無くなってもやっぱりかなえの事を愛

  せた。 それでも好きなんだ」

多田「(真剣な顔で見つめる)・・・」

一ノ宮「記憶が無くなった前の事は分からな

  い。 だけど、この感情だけは覚えてい

  る気がする」

多田「・・・そうか、わかった。この話はこ 

  こで終わりだ。 止めにしよう。 いず

  れにしても、記憶が戻ればお前は自首し

  なければならない。 かなえさんとは一

  緒にいられない」

   多田が立ち去ろうとするが途中でくる

   りと反転する。

多田「あと、これはかなえさんには言うなよ。

  あの頃の事を思い出して苦しむかもしれ

  ない」

一ノ宮「・・・」

多田「これ以上彼女の事を傷つけるな」

   院内に戻っていく多田。

一ノ宮「(後ろ姿を見つめる)・・・」

 

  ケータイの画面

   差出人は一ノ宮初、受取人は有川かな

   えと書いている。

   文字が入力されていく。

  『ごめん、今日は忙しいからまた今度会

   おう』

   と、送信する。

 

  丘の上(夕)

   一ノ宮、ベンチに座り、ケータイを見

   つめる。

   ケータイをポケットに直し立ち上がる。

一ノ宮「・・・」

 

  町の景色(夕)

   夕焼け空に茜色に染まる町。

 

  かなえの家(朝)

 

  かなえの部屋(朝)

   ベッドで寝ているかなえ。

   ゆっくりと目を開き、ケータイを手探

   りで探す。

かなえ「(目を細くしてケータイを見る)あ

  っ・・・」

   ケータイを見ている。

かなえ「多田さん・・・?」

 

  喫茶店

   人気のない寂れた店内。

   二人掛けのテーブル席に座る、かなえ

   と多田。

   アイスコーヒーが入ったグラスが結露

   を起こしている。

かなえ「それで・・・話しって何ですか」

多田「・・・はじめの事なんですけど、はじ

  めのどこがいいんですか」

かなえ「なんでって・・・」

多田「確かにはじめは良い奴かもしれません

  けど、なんていうかその、あの事件の犯

  人かもしれないんですよ。 そんな男よ

  り僕の方が絶対良い」

かなえ「(驚く)えっ・・・」

多田「(嘆く様に)何であいつなんだ・・・」

かなえ「・・・私が、何も言わなくてもはじ

  めさんは分かってくれるんです。 迷っ

  ている事、不安な事、そして、記憶が戻

  らなくても私の事を好きでいてくれると

  言ってくれました」

多田「・・・あいつは、あいつは都合の悪い

  事を思い出したくないだけですよ! な

  んで分かってくれないんですか」

かなえ「(悲しげな表情)・・・」

多田「そんな事なら、俺の方が分かる。 君

  の全てを知っている」

かなえ「(不気味に)・・・どういう事?」

多田「(うつむき)・・・君の事をずっと見て

  きた」

かなえ「えっ・・・」

多田「君の事が好きすぎて君の事全て調べた

  んだ」

かなえ「(恐怖)やめて・・・」

多田「でも一つ分からない」

かなえ「・・・」

多田「そんなにはじめの事が好きなのに、な

  ぜ記憶喪失が戻らない方法を調べていた

  のか」

かなえ「(驚く)えっ、何? (睨む)見た

  の・・・?」

多田「(表情変えず)・・・」

かなえ「最低」

   かなえは隣のイスに置いていたバック

   を持ち足早に店を出て行く。

多田「・・・」

 

  一ノ宮の家

   かなえがアパートの階段をあがって行

   く。

   一番手前のドアの前に立ちインターホ

   ンを押す。

   応答がなく、もう一度押す。

かなえ「・・・いないのかな」

 

  道路

   かなえが道路をゆっくり歩いている。

 

  かなえの家の前

   家の前まで着くと一ノ宮がかなえの家  

   の方向から歩いてくる。

かなえ「あっ・・・はじめさん」

一ノ宮「(驚く)かなえ・・・」

かなえ「(家を指差し)入って話ししよう」

 

  かなえの部屋

かなえ「(物を整理しながら)ちょっと散ら

  かっているけど・・・適当に座って」

   机の側に座る一ノ宮。

一ノ宮「昨日はいきなり会えなくなってごめ

  ん」

かなえ「(首をふり)ううん、大丈夫よ」

一ノ宮「俺とかなえは昔、どんな関係だった?」

   かなえ一瞬、躊躇する。

かなえ「・・・普通だったよ。 普通の知り

  あいというか友達というか」

一ノ宮「それ以上の関係ではなかった?」

   整理するのを辞め、座り込むかなえ。

かなえ「うん、前は他の人と付き合っていた

  から」

一ノ宮「レーサーか」

かなえ「(驚き)なんで知っているの・・・?」

一ノ宮「・・・多田から聞いた」

かなえ「えっ、多田さんから?」

一ノ宮「その人と別れた理由も俺が原因なん

  だろ?」

かなえ「・・・」

一ノ宮「・・・やっぱり、そうなのかよ」

かなえ「・・・いや、違うの」

一ノ宮「(威圧的に)違わないだろ」

かなえ「・・・別れたんじゃなくて死んだの」

一ノ宮「(驚き)・・・えっ」

かなえ「・・・黙っていてごめん」

一ノ宮「・・・」

かなえ「(俯く)・・・」

一ノ宮「・・・事故?」

かなえ「(首をふる)・・・」

一ノ宮「えっ、じゃあ・・・」

かなえ「(涙を浮かべて)殺されたの・・・」

一ノ宮「(驚く)・・・」

かなえ「(泣きながら)・・・話すから・・・

  聞いてくれる・・・?」

脚本「忘却の罪⑦」

 

  丘の上(夜)

   かなえが手を後ろで組み、ゆっくりと

   歩いている。

   その後を一ノ宮が上を向いて歩く。

一ノ宮「(上を向き)奇麗だな」

かなえ「うん」

 

  満天の星空 

 

  丘の上(夜)

一ノ宮「(星を眺めている)・・・」

かなえの声「こっちにきて」

   かなえはベンチに座って一ノ宮を見て

   いる。

   一ノ宮は近寄りかなえの隣に座る。

一ノ宮「光は少ないけどこの町も奇麗だな」

かなえ「うん」

 

  町(夜)

   町の中心部だけ明かりが灯っている。

 

  丘の上(夜)

かなえ「このままはじめさんと一緒にいれる

  かな」

一ノ宮「これから先何が起きようと、俺はか

  なえの側にいる」

   一ノ宮が月明かりで照らされたかなえ 

   の横顔を見つめる。

かなえ「(一ノ宮の方を向く)・・・」

   ベンチに置いたかなえの手の上に一ノ

   宮の手が覆い被さる。

   ベンチに腰を掛けた二人の背中が並ぶ。

   二人の顔が近づき重なる。

   二人の側で咲いていた白い花が揺れる。    

  (中野が死ぬ前に摘んだ花)

 

  一ノ宮が入院していた病院

 

○同・診察室

医者「(カルテを見ながら)あれから記憶の方

  はどうかね」

一ノ宮「(首を横に振る)思い出せません」

医者「無理に思い出そうとしなくていいから

  ね」

一ノ宮「はい、でももう記憶は戻らなくて良

  いんじゃないかって最近思うようになり

  ました」

医者「ほほう、そうか。 何か心を動かす何

  かがあったんだな」

   と、何かを察するように笑う。

一ノ宮「(微笑む)はい」

   一ノ宮の後ろから看護師の女が書類を

   持ってきて医者に渡す。

医者「(カルテを見ながら)ああそうだ、一ノ 

  宮君、足のケガだが、調べてみると階段

  から落ちた衝撃でケガをした訳ではない

  みたいだ」

一ノ宮「え・・・?」

医者「(一ノ宮を直視する)もしかしたら階段

  から落ちる前からケガしていたのかもし 

  れん」

一ノ宮「前から・・・」

   思い出すように下を見る。

 

  東野中央病院・廊下

   一ノ宮が俯いて廊下を歩いている。

多田の声「はじめ」

   病室から多田が出てくる。

一ノ宮「おう・・・」

多田「どうした? 元気ないな」

一ノ宮「まぁ・・・」

 

  同・屋上

   東野中央病院の屋上に一ノ宮と多田が

   缶コーヒーを手に持ち手すりに寄りか

   かっている。

多田「・・・そういう事か」

一ノ宮「・・・」

多田「落ちる前にケガをしていた。 中野さ

  んと揉み合いになりそのはずみでケガを

  したっていう事?」

   と言ってコーヒーを一気に飲み干す。

一ノ宮「・・・わからない」

多田「中野さんを落ちした後、急いで逃げよ

  うとしたが引きずった足が階段の段差に

  引っかかりそのまま落ちた」

一ノ宮「・・・やっていない」

多田「認めたくないのはわかるけど・・・」

一ノ宮「分かるけど、なんだ?」

多田「お前は中野さんと揉み合いになるよう

  な事をしていたんだ」

一ノ宮「(驚く)えっ・・・」

多田「・・・」

一ノ宮「どうゆう事だ」

   多田は振り返り町の景色を見る。

一ノ宮「(多田の背中に)多田、どういう事だ

  よ。 教えてくれよ」

多田「・・・はじめに心配してほしくなかっ

  たからずっと黙っていた」

   表情を隠すように俯く。

一ノ宮「・・・なんだ・・・受けとめるから

  言ってくれよ」

 

  回想・東野中央病院・中

T 「1年前」

   廊下を歩く一ノ宮。

一ノ宮「(通りすがりの看護師に)おはようご

  ざいます」

 

  同・食堂

   一ノ宮が足組みをして座っている中野

   の側を横切る。

中野「(通り過ぎた一ノ宮の背中を見る)・・・」

   一ノ宮と多田が立ち話をしている。

   中野は足組みを組み直し一ノ宮を見つ

   める。

多田「あ、かなえさん」

一ノ宮「(かなえの方を見る)・・・」

   食堂の入り口でかなえが小さくお辞儀

   をする。

 

  同・病室

   ベッドの上には当時、かなえと付き合

   っていた桜木健一郎(26)が寝てい

   る。

   その側でかなえは桜木の手を握ってい

   る。

一ノ宮「・・・」

多田「(かなえに聞こえないように)そこにい

  るのは、かなえさんの彼氏で、レース中

  にケガしたらしい」

一ノ宮「レーサー?」

多田「(うなずく)・・・」

   多田はかなえ、桜木に近寄る。

多田「ケガの回復も順調です。 直に退院で

  きます」

かなえ「ありがとうございます」

桜木「本当に助かりました。 もうケガしな

  いように心がけます」

かなえ「それじゃあ、戻ります」

   席を立ち、病室を出て行く。

一ノ宮「・・・」

 

  東野中央病院・外

   一ノ宮が周りをキョロキョロ見回しな

   がら歩いている。

 

  調剤薬局・中

   一ノ宮が中へゆっくり入ってくる。

受付のおばさん「(笑顔)こんにちは〜」

一ノ宮「こんにちは・・・」

   受付の奥の方にかなえが書類を書いて

   いる。

一ノ宮「この間、旅行に行きまして、そのお

  土産です」

   紙袋をカウンターに置き、かなえの方

   を見る。

受付のおばさん「いつもこんなのないのにめ

  ずらしいね〜」

一ノ宮「良かったら皆さんで食べて下さい」

受付のおばさん「みんなって言ってもあたし

  と有川さんだけだけどね〜。 有川さ〜 

  ん」

   かなえが気付きカウンターまで来る。

一ノ宮「(身構える)・・・」

かなえ「うわっ、美味しそう。(一ノ宮を見つめ)頂いて良いのですか?」

一ノ宮「はい、どうぞ」

かなえ「(笑顔)美味しく頂きます」

 

  東野中央病院・中

   一ノ宮が嬉しそうに院内へ入ってくる。

中野「(一ノ宮を見つめる)・・・」

   一ノ宮がすれ違い様に軽く挨拶をして

   いく。

   一ノ宮の歩く後ろ姿。

中野「(一ノ宮を見つめる)・・・」

 

  同・事務室(夕方)

   帰り支度をしている一ノ宮。

一ノ宮「あれ、鍵がない」

   机を引き出したり、ポケットを叩いて

   いる。

一ノ宮「どこやったかな」

   中野、ポケットから鍵を取り出す。

中野「(鍵を拾う素振りをする)一ノ宮さん、

  ここに落ちていますよ」

一ノ宮「あぁ、ごめん、ごめん」

   鍵を受け取り、一ノ宮が帰ろうとする。

中野「もう帰られるのですか」

一ノ宮「・・・うん」

中野「(笑顔)一緒に帰りませんか」

一ノ宮「・・・今日はちょっと急いでいるか

  ら、また今度ね」

   一ノ宮、事務室を出て行く。

中野「(睨む)・・・」

脚本「忘却の罪⑥」

 

  渓谷近くの駐車場

   車から降りるかなえ。 遅れて一ノ宮

   が車から降りる。

一ノ宮「(まぶしそうに)すげーいい天気。

  さっ、かなえさん行きましょう」

かなえ「(微笑み)はい」

 

  渓谷

   川のせせらぎが聞こえてくる。 見る

   からに冷たそうな川の流れ、緑の木々

   の隙間から見える太陽。 ごろついた

   岩に川の流れが起伏している。

 

  同・林道

   一ノ宮とかなえが並んで歩いている。

一ノ宮「足場悪いから気をつけて」

かなえ「うん、ありがとう」

    二人、林道をゆっくり歩く。

    木々の間から木漏れ日が差し、二人

    を照らす。 二人沈黙が続く。

一ノ宮「・・・あの事件の事だけどさ」

かなえ「・・・」

一ノ宮「俺が中野さんを落としたと思って

  る?」

かなえ「(顔を曇らせ)・・・」

   一ノ宮の横顔を見る。

かなえ「・・・思っていないよ」

一ノ宮「・・・そっか、ありがとう」

かなえ「・・・どうしたの?」

一ノ宮「そんな風に思われていたらどうしよ 

  うって。 でも、それを証明する事が出

  来ないからいつまでもどこかそういう目

  で見られているんだって思ってしまう」

かなえ「・・・」

   風が強く吹き、二人の髪が揺れる。

   二人とも風の方を見る。

 

  同・吊り橋

   人一人が歩ける程の吊り橋。

   川の流れの音が印象的に聞こえる。

一ノ宮「ここがテレビで言ってた吊り橋だ」

   と、ゆっくりと歩を進める。

   一ノ宮がツタで出来た手すりを握り、

   足下を確認する。

一ノ宮「(後ろを振り向き)先に行くね」

   橋を渡り出す。

   足を進ませる度、橋がきしむ音が鳴る。

   足下を見ると、木の板の隙間から川の

   流れが見える。

かなえ「(睨む)・・・」

   かなえの右手は自分のシャツを力強く

   握りしめている。

かなえ「(睨む)・・・」

   一ノ宮は橋の中腹まで来る。

   かなえも橋を渡りだす。

   かなえは足下を見つつ、一ノ宮の背中

   を見て進む。

   橋がきしむ音が聞こえ、一ノ宮が振り

   返る。

一ノ宮「ここまでおいで」

   一ノ宮、橋の中腹で立ち止まり、川の

   流れを眺める。

かなえ「(鋭い目をしている)・・・」

 

  同・橋の下の川

   まして、川の勢いが印象的な音。

   岩がゴツゴツとむき出しになっている。

 

  同・吊り橋

   一ノ宮越しにかなえが、歩いて向かっ

   てくる。 左手だけ、ツタの手すりに

   触れている。

一ノ宮「(川の流れを眺めている)」

   かなえはシャツを握っていた右手を震

   えながら離す。

   シャツはその部分だけクシャクシャに

   なっている。

かなえ「(一ノ宮の背中を見る)・・・」

   一ノ宮の後ろ姿。

かなえ「(驚いた表情)はっ・・・」

   一ノ宮の後ろ姿。

  フラッシュ・丘の上(夜)

   丘の上の公園で一ノ宮が手すりに肘を

   乗せ、夜空を見上げている後ろ姿。  

   そして振り向く。

 

  渓谷・吊り橋

   一ノ宮が振り向き手を差し伸べる。

一ノ宮「おいで」

かなえ「・・・」

   かなえは体が硬直し動けない。

一ノ宮「・・・」

   一ノ宮が、かなえに歩みより抱きしめ

   る。

一ノ宮「(目を瞑っている)・・・」

かなえ「(目を開けている)・・・」

   二人、抱き合ったまま。

一ノ宮「もうこのまま記憶が戻らなくたって

  いい・・・」

   と、耳元で囁く。

かなえ「(ぽかんとした表情)・・・」

一ノ宮「今、こうして一緒にいられるなら過

  去の記憶なんて大したものじゃない。 

  これから残されていく記憶の方がもっと

  大切だ」

かなえ「・・・」

一ノ宮「かなえさん一緒にいよう」

かなえ「(目に涙を浮かべ)・・・」

一ノ宮「これからずっと」

かなえ「(涙を流しながら)はい・・・はい・・・」

 

  車内(夕方)

   一ノ宮が運転し、かなえが助手席に座

   っている。

一ノ宮「(前を見たまま)眠っていていいよ」

かなえ「・・・うん、ありがとう」

   窓の方を向き、目を瞑る。

   窓ガラスに反射した夕焼けとかなえの

   顔。

   暫くして目を開けると、夕焼け空を見  

   上げる。

 

  夕焼け空

 

○暗闇

   暗闇の中でパソコンのテンキーを入力

   する音が聞こえる。

 

  パソコンの画面

  画面に文字が入力されていく。

 『あいつが犯人だ。 あいつが殺したん

  だ。』

 

  多田の家・中(夜)

   机の上にはビールの缶が置いてある。

   両手はひたすらテンキーを入力してい

   る。

 

  パソコンの画面

   掲示板に入力した文字がUPされてい

   る。

 『あいつが犯人だ。 あいつが殺したん

 だ。 記憶さえ戻ればあいつは消える。

 あの人に近づく奴は俺が消していく。』

   パソコンの画面が消え、真っ暗になる。 

   真っ暗になったパソコンに反射して、

   多田の顔がくっきりと見える。

 

  調剤薬局・中

   出入り口のドアが開き、多田が入って

   くる。

多田「こんにちはー」

かなえ「多田さん」

多田「おばさんは?」

かなえ「いま、外に出ています」

多田「あぁ、そう」

かなえ「どうしたんですか」

多田「(微笑みながら)かなえさんどうしてる

  かなと気になって」

かなえ「(書類を整理しながら)あぁ、元気で

  すよ。 最近色々ありすぎて疲れていた

  んですけど、迷いとか不安とか・・・そ

  ういうのが一気に無くなって気分が随分 

  楽になりました」

多田「そうですか、良かった。 かなえさん

  最近元気ないなと思っていたので、僕も

  それを聞いて楽になりました。 何か良

  い事でもあったんですか?」

かなえ「・・・はじめさんの事なんですけど」

   多田の表情が一気に曇る。

多田「(驚き)えっ・・・」

かなえ「はじめさんとお付き合いする事にな

  りました」

   と、書類を整理しながら微笑む。

多田「(驚き)え・・・はじめと・・・?」

  出入り口の方からドアが開く音がする。

受付のおばさん「あ〜暑い暑い。 あ、こん

  にちは」

多田「(びくともせず)・・・」

受付のおばさん「二人仲良いわね〜、付き合

  っているの?」

   と、冗談まじりで笑いながら話す。

   かなえは困惑顔で笑う。

多田「(無表情で)用事を思い出しました。 こ

  れで失礼します」

   と、踵を返す。

かなえ「・・・?」

多田「(立ち止まり)・・・あの事件の事です

  が、警察に有力な情報が入ったらしいで

  すよ」

   と言い、受付のおばさんに少し肩をぶ

   つけるように出て行く。

   受付のおばさんはよく分からず、多田

   の背中を目で追う。

かなえ「(動揺した顔)・・・」

 

  東野中央病院・外

多田「裏切りは許さない」

   早歩きで病院へ戻っていく。

脚本「忘却の罪⑤」

 

  ため池・入り口

間柴「・・・」

   赤いママチャリが倒れていた場所を見

   つめている。

   逃走経路と見られる方向を眺めて歩き

   出す。

 

  新月川沿い

   ため池のすぐ側にある川沿いに出る。

   奥の道を見た後、手前の方へ歩き出す。

 

  新月川の側

   小さな路地があり、家が石のブロック

   塀で囲われている。

   騒音もほとんど聞こえない。

間柴「(険しい表情)・・・」

 

  新月川沿い

   間柴が辺りを見渡しながら歩いている。

 

  同・一ノ宮が落ちた階段

間柴「(腰を低くして)・・・」

   階段の始めにある、躓いたと思われる

   段差を見つめる。

間柴「(その体勢のまま、ため池の方を見る

  様に振り向く)」

   一ノ宮が落ちた階段から見えるため池

   の入り口。

間柴「・・・」

  間柴、立ち上がり階段の下を眺める。

  そのまま川沿いを奥に向かって歩く。

 

  同・新月橋の手前

   間柴、橋とは逆方向を見つめる。

 

  新月橋から見える道

   2車線の道路を車が行き交う。

   歩道を歩く人が2、3人いる。

   道沿いは24時間営業のコンビニがあ

   る。

間柴「(苦悶の表情)・・・なぜだ」

 

  かなえの家・中

   カーテンで閉め切られ薄暗い部屋の中。 

   かなえは手に写真を持っている。

   側にある机の上には薬のタブレットが

   散乱している。

かなえ「(写真を見つめ)はあ・・・」

   ケータイのバイブの音が鳴る。

   写真を机の上に置き、ケータイを手に

   取る。

 

  ケータイの画面

   一ノ宮からで、『今度どこかドライブし

   ませんか? どこへでも連れて行きま

   すよ。』

   と、メールが来ている。

 

○かなえの家・中

かなえ「(疲れた様に)はあ・・・」

   机の上にケータイを置くとその横には

   先程見ていた写真がある。

 

  机の上の写真

   一ノ宮とかなえが写っている。

 

  多田の家・中(夜)

   机の上にはビールの缶が2本置いてい

   て、1本は飲み干され缶がへこんでい

   る。

 

  パソコンの画面

  掲示板に文字が入力されていく。

 「お前みたいな奴は僕が許さない。 消

  されるのも時間の問題」

 

  多田の家・中(夜)

   多田の背中が映る。 ビールの残りを

   一気に飲み干す。

多田「(後ろ姿のまま)あぁ〜」

 

  パソコンの画面

   掲示板に「それ、殺害予告じゃないか?」

   「通報しました」と書き込まれていく。

 

  多田の家・中(夜)

   多田の口元がアップされニヤリと笑う。

 

  パソコンの画面

   掲示板の画面が消されると、デスクト   

   ップの画像になり、かなえが写った写

   真になる。

   写真は遠くから盗撮したような画像。

多田の声「君に不要な人は消していくよ」

   と、囁く様な声。

 

  調剤薬局・中

   出入り口のドアが開き、かなえが中へ

   入ってくる。

かなえ「すみません、戻りましたー」

   受付のおばさんに弁当が入った袋を渡

   す。

かなえ「どうぞー」

受付のおばさん「ねぇねぇ! 有川さんそれ

  見て」

   と、弁当そっちのけで備え付けのテレ

   ビを指差す。

 

  テレビ画面

   夏の渓谷特集で、渓谷の水の流れ、緑

   いっぱいの森林が広がる。

受付のおばさんの声「昔、今の旦那とここに 

  行ってきたのよ。 そしたら途中吊り橋

  があるんだけどすごく不安定で怖くてね。 

  旦那は怖くて私を前にして渡ったのよ」

 

  調剤薬局・中

   受付のおばさんが笑いながら昔話をし

   ている。

かなえ「・・・」

   かなえは無言でテレビ画面を見つめる。

 

  警察署

 

  同・中

   間柴がデスクに座り、眼鏡をつけ書類

   を眺めている。

   芽田が、間柴に近付いてくる。

芽田「間柴さん、どうしました」

間柴「(眼鏡を外し)あぁ、あの事件の事だが」

   と言い、新月橋周辺の地図を開く。

 

  地図

   地図には新月橋、ため池、中野の自宅、

   一ノ宮の自宅、一ノ宮が発見された場

   所にマークが付けられている。

 

  警察署・中

間柴「中野は毎朝、ウォーキングしているら

  しい。 そして事件当日、このルートで

  ウォーキングをしていた」

 

  地図

   中野の自宅から新月橋を渡り、ため池

   までを赤ペンで線を引く。

間柴の声「橋を渡り、ため池まで・・・」

 

  警察署・中

間柴「仮に一ノ宮が中野と接触したとしたら 

  このルートだ」

   と、青いペンで線を引く。

  地図

   一ノ宮の家からため池まで線が引かれ

   ている。

   一ノ宮の家からため池に行こうとする

   と新月橋を渡らずに、川沿いに歩けば

   到着できる。

   そのルート同士が重なり合う場所は新

   月橋の手前になっている。

 

  警察署・中

芽田「と言う事は一ノ宮が犯行を行った後、

  現場から逃げようとしたが階段で躓き、

  転落した」

間柴の声「いや」

間柴「普通なら」

   と、地図にキャップの締まったペンで

   なぞりだす。

 

  地図

間柴の声「誰にも見つかってはならないとい

  う思いでこの通りより、人目につかない

  こっちの通りを使うはずだ」

   一ノ宮の来た道の反対側の道をなぞる。

 

  警察署・中

間柴「(写真を机に置き)これを見てくれ」

 

  写真

   人目につかないようなブロック塀があ

   る小道。

 

  警察署・中

間柴「24時間営業のコンビニの側を通るよ

  り、この道を選んだ方が目撃されないだ

  ろう」

芽田「(写真を手に取り)確かに・・・」

間柴「しかし、一ノ宮はその経路を選んだ。 

  そして乗ってきた自転車を置いてきた。 

  証拠となる物なのに」

   もう間柴は全て悟ったかのように肘を

   机に立て、顔の前で手を組む。

芽田「間柴さん・・・」

間柴「あれは逃げたんじゃない、 追われて

  いたんだ」