TOCCHI-NICOLSON

気の向くままに

脚本「忘却の罪④」

 

  かなえの家・中(夜)

   真っ暗な部屋でパソコンの画面が光っ

   ている。

   かなえが赤い眼鏡をつけてパソコンを

   見つめている。

   眼鏡に画面が反射している。

 

  東野中央病院・外

   多田に連れられて一ノ宮が病院を見上

   げる。

一ノ宮「・・・」

多田の声「さあ、中へ入ろう」

 

  東野中央病院・外観

 

  同・受付

   受付の女が一ノ宮の方を見ている。

 

  同・廊下

   すれ違う看護師が目を合わせないよう

   に歩く。

多田「・・・気にするな。 そのうち打ち解

  けるさ」

一ノ宮「そう信じたいね」

   一ノ宮と多田、エレベーターに乗り込

   む。

   エレベーターの扉が閉まる。

 

  同・事務室

   女性2人がパソコンに向かっていて、

   一番奥のデスクには院長がパソコンを

   眺めながらマグカップに入ったコーヒ

   ーを飲んでいる。

   ドアが開く。

多田「失礼します」

一ノ宮「・・・失礼します」

   事務員の女が一度二人を見るが、直ぐ

   にパソコンの画面に目を戻す。

院長「(メガネを下にずらし)おぉ、一ノ宮君、

  久しぶり」

多田「(小声)あそこのおじさんが院長だから」

   と、口元を片手で隠しながら話す。

一ノ宮「こんにちは」

院長「大変だったみたいだね(マグカップに 

  口をつける)」

   一ノ宮、多田2人が院長に近寄る。

一ノ宮「はい・・・まだ全てが終わったわけ

  ではありませんが」

院長「そうか。 なにはともあれ退院が出来

  てよかったよ・・・そうしたら多田に院

  内の案内をしてもらうから、ゆっくり見

  ていってくれ」

一ノ宮「わかりました」

院長「(一ノ宮に)もし困った事があればど

  んどん言ってくれよ」

一ノ宮「はい。 ありがとうございます」

 

  同・廊下

一ノ宮「いい人そうで良かった」

多田「いやぁ今だけだよ。 いつもは無愛想

  で怖いオヤジだよ」

一ノ宮「そんな風には見えなかったけどな(笑

  う)」

多田「はじめ、そういうお人好しの所は昔と

  変わってないな」

一ノ宮「そうなの?」

   と、二人で笑う。

 

  同・休憩室・前

   休憩室の中には白衣を着た女二人が談

   笑しながら弁当を食べている。

多田「ここが休憩室。 弁当の注文も出来る

  から、必要だったら教えてくれ」

一ノ宮「(うなずく)」

多田「じゃあ次は」

   と、休憩室の前から他の場所に移動し

   ようとする。

一ノ宮「多田」

多田「ん? どうした?」

一ノ宮「・・・調剤薬局はどこにあるんだ?」

多田「(声のトーンが落ちる)あぁ、調剤薬局」

一ノ宮「(うなずく)」

 

  調剤薬局・中

   ドアが開く。

多田「こんにちは」

受付のおばさん「(顔を上げる)こんにちは。

  今日はどうしたの?」

   一ノ宮が多田の横に並ぶ。

受付のおばさん「あら、一ノ宮君じゃないの。

  元気にしてた?」

一ノ宮「あ、はい・・・」

受付のおばさん「あ、まだ記憶が戻ってない 

  って言ってたわね」

多田「そう、だから今場所を覚えてもらって

  いる所なんです」

受付のおばさん「そうなの。 それじゃあゆ

  っくり見ていってね」

多田「(受付カウンターの奥を見る)おばさ

  ん今日は・・・」

受付のおばさん「あぁ今日は有川さん休みだ

  よ。 最近、なんか疲れているみたい。

  ずっとパソコンと向き合っているからね

  ぇ」

多田「(残念そうに)そうですか・・・じゃあ

  戻ろうか」

一ノ宮「うん・・・」

 

  町(夕)

   2車線の道路を車が行き交っている。

   歩道を並んで歩く、一ノ宮、多田。

一ノ宮「・・・」

多田「今日、どうだった?」

一ノ宮「・・・時間はかかるかもしれないけ

  ど、良い人達そうだし仲良くしていける

  と思う」

多田「そうか、みんな良い人だもんな」

一ノ宮「・・・その・・・中野っていう人も・・・?」

多田「(驚く)えっ・・・」

一ノ宮「・・・」

多田「・・・な、なんだよいきなり、・・・

  ビックリするじゃん」

一ノ宮「ごめん・・・でも気になっているん

  だ。 どんな人だったんだろうって・・・

  もし、中野っていう人が良い人なら俺は

  何もしていないだろうけど・・・悪い人

  なら」

   歩道を歩いていると新月橋まで着く。

 

  新月橋から見える新月川(夕)

 

  新月橋(夕)

   新月橋を渡る一ノ宮、多田。

一ノ宮「俺と中野さんの間で何かあった?」

   多田は橋の手すりにもたれ掛かる。

多田「・・・中野さんは色んな人と噂が絶

  えなかった・・・医者や患者、前の病院

  の院長とも関係を持っているほどの人だ」

一ノ宮「・・・」

多田「・・・はじめ・・・確かにお前も中野

  さんから関係を持ちかけられていた」

一ノ宮「えっ・・・」

多田「ただ、それがはじめを犯人に結びつけ

  る事じゃないって信じてる」

一ノ宮「・・・」

多田「でも・・・もしそうだとしたらどうす

  る?」

一ノ宮「(驚きつつ)・・・自首するさ」

多田「かなえちゃんはどうする」

一ノ宮「(一瞬驚いた表情)・・・諦めるよ」

多田「そうか・・・」

   と、一ノ宮に見えないようにニヤリと

   笑う。

多田「(軽い口調で)でも、そんな事は無いっ

  て俺は信じてるから」

一ノ宮「・・・ありがとう」

多田「・・・」

 

  丘の上(夜)

   町の景色が一望出来る場所。 町の中

   心部意外は灯りが少ない。

   2人掛けのベンチにかなえが座ってい

   る。

かなえ「(悲しげな表情)・・・」

   ベンチの空いたスペースを眺め、手を

   添える。

かなえ「(目を瞑る)・・・」

   ベンチに座っているかなえの後ろ姿。

 

  満天の星空

 

  丘の上(夜)

かなえ「(目を開け見上げる)・・・」

   かなえの目に溜まった涙が月明かりで

   強調される。

脚本「忘却の罪③」

 

  病院・中

   一ノ宮の病室が個室に移され、一ノ宮

   はベッドで横になっている。

   ノックの音が鳴る。

   間柴と芽田が入ってくる。

間柴「(警察手帳を見せる)署の者です」

芽田「(警察手帳を見せ、会釈する)」

   一ノ宮はベッドに座るような体勢に変

   えて会釈する。

間柴「一ノ宮 初さんですね」

一ノ宮「あぁ・・・はい」

   刑事は近くに置いてあった椅子をベッ

   ドの横に移動させ座る。

間柴「体の調子はどうですか」

一ノ宮「・・・だいぶん楽になりました」

間柴「それは良かった。 お医者さんから足

  も怪我されたと聞いていましたから。   

  それと、記憶の方はどうですか?」

   一ノ宮、軽く頭を横に振る。

間柴「・・・そうですか、事件の事は少し聞

  いていると思いますが、何も思い出せま

  せんか?」

一ノ宮「はい・・・なにも・・・」

間柴「そうですか・・・じゃあ、これでな

  にかピンときませんか」

   胸ポケットから写真を取り出す。

 

  写真

   事件現場に乗り捨てられた赤色のママ

   チャリ。

 

  病院・中

間柴「・・・」

一ノ宮「・・・(首をかしげ)いえ」

   間柴はため息をつき写真を胸ポケット

   に戻す。

間柴「ちなみにこの自転車の持ち主は・・・ 

  一ノ宮さん、あなたです。 指紋も一致

  しています」

一ノ宮「えっ・・・」

間柴「(心を見透かすように睨む)・・・」

一ノ宮「(首を横に振り)・・・覚えていませ

  ん」

間柴「・・・そうですか。 しかし一ノ宮さ

  ん、あなたの記憶が戻らない限り、真実

  はわからないかもしれませんが・・・」

一ノ宮「・・・」

間柴「(睨みつける)状況証拠は充分に揃って

  いる・・・捕まってもおかしくはない」

一ノ宮「(動揺しながら)や、やっているか分

  からないのに捕まるのですか・・・」

間柴「その場合もある・・・と言うことです」

   席を立つ間柴、芽田。

一ノ宮「そんな・・・」

間柴「もちろん、やっていない事が証明でき

  るアリバイがあればそんな事にはなりま

  せん・・・私たちはあらゆる可能性を潰

  していく・・・それだけです」

一ノ宮「おれは・・・やっていない・・・」

   間柴、呆然としている一ノ宮の様子を

   見て

間柴「(軽く会釈)また、お邪魔します」

   と、立ち上がる。

芽田「今度写真を持ってきます。家族、友人、

  仕事場の方々の」

   一ノ宮は呆然としたまま。

間柴の声「いくぞ」

   間柴、芽田ゆっくりとドアを閉めて出

   て行く。

   一ノ宮、ベッドに仰向けになる。

一ノ宮「・・・」

 

  同・廊下

   間柴と芽田が並んで歩いている。

芽田「間柴さん、状況証拠だけで逮捕出来る

  んですか?」

間柴「あれだけの情報じゃ、出来っこないだ

  ろ」

芽田「えっ、じゃあなんであそこまで」

間柴「試したんだよ」

芽田「(神妙に)えっ」

間柴「記憶喪失は嘘なんじゃないかって」

芽田「あぁ・・・」

間柴「・・・あらゆる可能性を潰していく。

  そうだろ?」

芽田「はい」

間柴「・・・実はこの間、一ノ宮が勤めてい

  る病院に行ったんだ。 そこで顔見知り

  程度になっていたんだが・・・」

芽田「そうなんですか・・・でもそんな素振

  りはなかったですね」

間柴「(ニヤリと)あれが演技なら手強いな」

芽田「ですね・・・」

間柴「そういえばあのネットの書き込みは分

  かったか」

芽田「いえ」

間柴「あの書き込みをした人物も怪しい。 す

  ぐに調べよう」

   奥まで歩いていく間柴、芽田の背中。

 

  東野中央病院・前

   多田がベンチの近くにある自動販売機

   の前で缶コーヒーを飲んでいる。

かなえの声「すみません」

   多田の元へ駆けていくかなえの後姿。

多田「・・・!」

かなえ「遅れてごめんなさい」

   ショートヘアでメガネも付けていない

   かなえ。 雰囲気が全く変わっている。

多田「(見とれている)・・・あぁ、いえ」

かなえ「(髪を触りながら)あ、驚きました?」

多田「あ、まぁ」

   と、飲み干していた缶コーヒーをすす

   る。

かなえ「(微笑む)髪は前々から切ろうと思っ

  ていまして・・・メガネも元々はコンタ

  クトだったので戻しただけです」

多田「似合っていて、すごく良いと思います」

かなえ「(微笑む)照れますね」

多田「では、車を用意していますので行きま

  しょう」

 

  病院・廊下

   廊下を歩く、かなえと多田。

   かなえの手には花束がある。

   かなえの表情が暗い。

多田「どうかされました?」

かなえ「(ハッとして)いえ」

多田「すごく不安そうですね」

かなえ「ええ・・・まぁ・・・」

多田「大丈夫ですよ。 覚えていなくて当た 

  り前ですから」

   かなえ、軽くうなずく。

多田「これから思い出せるようになってい

  けばいい。 それだけです」

かなえ「・・・」

 

  病室のドアの近くに『一ノ宮 初』と手書きの表札

 

  同・病室

   静かにドアが開き、多田、かなえが入  

   る。

   一ノ宮は気づかず窓の外を眺めている。

多田「はじめ」

一ノ宮「(振り向く)・・・」

かなえ「(少しうつむき)こんにちは」

一ノ宮「・・・こんにちは」

多田「俺たちの事分かる?」

一ノ宮「・・・いえ、すみません」

多田「そうだよな。 俺は多田 晃(握手を

  する)はじめとは病院で一番仲がいい同

  僚なんだ。 で、こちらは、病院の近く

  の調剤薬局に勤めている有川かなえさん」

かなえ「どうも・・・」

一ノ宮「(姿勢を正し)どうも」

 

  同・窓から見える町(夕)

多田の声「だからその時、はじめは院長にこ

  う言ったんだ」

 

  同・病室

多田「院長の奥さんが入院した時、院長は家

  では頼りにならないと言っていましたよ

  って、(笑う)そうしたら院長は何も言わ

  ずに立ち去ったって」

一ノ宮「(笑いつつ、かなえの方を見る)」

かなえ「(目があって目を逸らす)」

多田「あ、飲み物が少なくなっているから

  買ってくるよ。 同じものでいい?」

一ノ宮「うん、ありがとう」

多田「じゃあ、かなえさんも何か思い出すか

  もしれないから昔の話しをしてあげてい

  て下さい」

かなえ「あ、はい」

   多田、病室を出て行く。

かなえ「・・・」

一ノ宮「最近、警察の人ばっかりでお見舞い

  に来てくれる人が少なかったから嬉しい

  です」

かなえ「早く退院出来るといいですね」

一ノ宮「・・・はい、ここは退屈ですからね」

   と言い、テレビの電源を入れる。

 

  テレビ画面

   ニュース番組で記憶が無くなったピア

   ニストが見つかったとキャスターが報

   じている。

 

  病室

かなえ「・・・退院したら何がしたいですか」

   一ノ宮、ベットサイドに置いているペ

   ットボトルを手に取る。

一ノ宮「う〜ん、旅行ですかね」

   一口水を口に含み、ベットサイドにペ

   ットボトルを戻す。

かなえ「・・・(ベットサイドの方を見る)」

   ベットサイドには2口程度の水がペッ

   トボトルに残っている。

一ノ宮「(テレビを眺めている)・・・」

   かなえはペットボトルを見た後、一ノ 

   宮を見つめながら膝の上に置いたハン

   ドバックの中に手を入れる。

かなえ「どんな所に行きたいですか」

一ノ宮「(テレビの方を向いている)そうです

  ねぇ・・・」

   ペットボトルにズームしていく。

   かなえのバックから透明のビニールに

   入った粉末状の薬を取り出そうとする。

一ノ宮「(振り向き)かなえさんとどこか行き

  たいです」

かなえ「(バックから手を引っ込める)え・・・」

一ノ宮「(かなえを見つめる)・・・」

かなえ「な、なんですかいきなり」

一ノ宮「実はこの間、刑事さんが来て、色々

  写真を見せてくれたんです。 それでか

  なえさんを見つけた」

かなえ「(髪を触り)でも・・・」

一ノ宮「ダメですか」

かなえ「いや・・・」

   ドアの開く音が鳴る。

多田「おまたせ~、ここ置いとくよ」

   ベットサイドに水を置く。

一ノ宮「ありがとう」

多田「(笑う)なんでテレビつけてるの?」

一ノ宮「えっ、これは・・・」

多田「どっちも人見知りだから話す事に困っ

  たんだろ(笑う)」

一ノ宮「まぁ・・・」

多田「(時計を見て)あ、やべっ、こんな時間

  だ(かなえに)そろそろ時間だし帰りま

  しょうか」

かなえ「・・・はい」

   席を立つかなえ。

多田「じゃあまた来るから(手を上げる)」

かなえ「(会釈)」

一ノ宮「うん、また」

   多田とかなえが部屋を出て行く。

   一ノ宮は花束を見つめ、少し微笑む。

 

脚本「忘却の罪②」

 

  新月橋の下(朝)

   橋の下の暗がりからコンクリートで舗

   装されている川岸があり、川岸と土手

   を繋ぐ階段がある。

   土手の奥を見ると木が生い茂っている

   ため池の入り口が見える。

   入り口には警察車両が止まっている。

 

  ため池の入り口(朝)

   青色のビニールシートがその先の視界

   を遮っている。   

   ビニールシートの中へ入る刑事の間柴 

   良(38)と芽田 悟(28)。

 

  ため池(朝)

   池までは周囲から2mほど下に位置し

   ている。

   カメラのシャッター音が鳴る。

   鑑識がカメラを手に持ちシャッターを

   押している。

間柴「(下を見下ろし)こりゃひでぇ」

   ため池に浮かぶ女性の死体。 ピンク

   のジャージを着用しており体には木が

   貫通して出てきている。

芽田「事故ですかね」

間柴「どうだろうな。 事故であってほしい 

  けど」

   と、池の周囲を見ながらゆっくりと歩 

   く。

間柴「・・・」

   落ちたと推測される場所を見つける。

間柴「んん〜(疑問)しかし少しも痕跡が無

      いな。 普通足を滑らせたなら後が残

   るだろうし、何かを掴んだりした時の

   形跡もない」

 

  ため池(朝)

間柴「それにうつ伏せじゃなく(死体を覗   

  く)仰向けだ・・・」

   と、腰を落とし、ため池を見つめる。

間柴「・・・誰かに押された、ということ 

  かもしれない」

芽田「(驚き)じゃあ、殺人ですか」

間柴「いや、まだ何とも言えないが、一つ怪

  しい点がある」

   と、間柴が立ち上がる。     

芽田「怪しい点?」

間柴「この女性が発見された直前、ここから 

  50m離れた新月川で、川岸に繋がる階

  段から男が落ちてきたそうだ」

芽田「落ちてきた?」

間柴「あぁ・・・」

 

  回想・町(早朝)

   車の通りも人の通りもない。

   川の流れる音だけが聞こえる。

 

  新月川・川岸(早朝)

   新月橋の下で、おじいさんが折りたた

   み式のイスに座り、釣りをしている。

 

  川に浮かんでいる浮き

 

  新月川・川岸(早朝)

おじいさん「(浮きを見ている)・・・」

   川に餌を投げる。

 

  川に浮かんでいる浮き

   コツンコツンとあたりがきている。

 

  新月川・川岸(早朝)

おじいさん「!・・・(いっそう浮きに集中す

  る)」

   階段から人が落ちてくる鈍い音がする。

おじいさん「(浮きから目を逸らし、音の方向 

  を見る)・・・はっ!」

   一ノ宮が階段の下で倒れている。

  おじいさんは竿を置き、よちよちと硬

  くなった間接を懸命に動かしながら近

  づく。

おじいさん「だ、大丈夫かね」

一ノ宮「(頭から血を流している)・・・」

おじいさん「(驚く)はっ(周りを見回す)

  救急車、・・・救急車」

  救急車のサイレンが鳴る。

 

  新月川・土手(早朝)

   土手には救急車が停まっている。

   野次馬が複数名来て、土手の下を覗い

   ている。 野次馬はおじいさん、おば

   あさんと、年齢が高め。

 

  新月川・川岸(早朝)

   救急隊員が一ノ宮に応急処置を行って

   いる。    

野次馬おばあさんの声「大丈夫かしら〜」

   野次馬の声がザワザワと聞こえる。

 

  新月川・土手沿い(早朝)

   少年と少女が救急車の方へ走っている。

   少女の前を少年が走っている。

少年「(後ろを見ながら)早く早く~!」

少女「(懸命に走っている)ちょっと待って 

  よ~!」

   と、途中で少女が走り疲れて歩き出す。

少女「(少しふて腐れている)・・・」

   顔を上げ、右斜め前を見て立ち止まる。

   ため池の入り口に赤いママチャリが倒

   れている。

少女「(首をかしげる)・・・げんちゃーん!」

   少年は遠くまで走っていて聞こえてい

   ない様子。

少女「(前と右斜め前を見比べ)・・・」

   右斜め前の方向へ走り出す。

 

  ため池入り口(早朝)

   少女、倒れた赤いママチャリの前で一

   度立ち止まり、奥へ進んでいく。

 

  ため池(早朝)

少女「(ゆっくりと歩く)・・・」

   白い花が幾つか咲いている中に千切ら

   れて風に揺れている葉の前を少女が横

   切る。

   鳥がため池から勢い良く飛んでいく。

少女「きゃあ!」

   少女、飛び立った鳥を目で追った後、

   ため池の方向を見つめる。

   ため池までまだ少し距離があり池は見

   えない。

   少しずつ、ため池の側に足を進める。

少女「(覗く)・・・!」

 

  新月川の土手(早朝)

   救急隊員が救急車に乗り、発進させる。

   それを見送る野次馬、少年。

少女の声「げんちゃーん!」

少年「(振り向く)?」

   少女が走って少年の側まで来る。

少女「はぁ、はぁ、(両膝に手を置いている)」

少年「もう救急車行っちゃったよ?」

少女「ため池で・・・ため池で、女の人が浮

  かんでた」

   と、今にも泣き出しそうな顔。

 

  回想終・ため池(朝)

間柴「その落ちた男はまだ、意識が戻ってい  

  ないようだ」

芽田「この事件と関係がありそうですね」

間柴「(うなずき、腕時計を見る)さぁ、署  

  に戻るぞ」

芽田「はい」

 

  同・入り口(朝)

   ビニールシートを掻き分けて間柴と芽

   田が出てくる。

間柴「ここにも野次馬が来てやがる」

   ブルーシートを背にして報道のアナウ

   ンサーがテレビ放送の準備をしている。

   間柴は警察車両の運転席、芽田は助手

   席へ乗り込む。

 

  警察車両・中

間柴「この町も騒がしくなりそうだな」

 

  警察車両の窓越しに映る報道陣

 

  警察車両・中

芽田「(窓の外を見つめる)・・・ですね」

 

  ため池・入り口(朝)

   報道のカメラマンの横にいるディレク

   ターが3、2、1とカウントを始める。

 

  東野中央病院・外

   白衣を着た多田晃(28)が病院から

   出てきて調剤薬局の方へ向かう。

 

  調剤薬局・入り口

   多田、中へ入っていく。

 

  調剤薬局・中

   受付のカウンターと側に長イスが並ん

   でいる。

多田「こんにちは」

受付のおばさん「(顔を上げて)あぁ、こんに 

  ちは」

多田「今日、かなえちゃんいます?」

受付のおばさん「いるよ。 ちょっと待って

  ね(後を向いて)有川さ〜ん」

かなえの声「はーい」

   と、奥から声が聞こえる。

多田「(髪を触って整える)・・・」

かなえ「こんにちは」

   赤い淵のメガネに肩まで掛かるほどの

   ストレートヘアの有川かなえ(24)

   が受付カウンターの窓越に立っている。

多田「(笑顔で会釈)」

 

  東野中央病院・前

   自動販売機の近くのベンチに2人座る。

多田「すみません、急に呼び出してしまって」

かなえ「いえ・・・」

多田「あの事故のことですが・・・」

かなえ「(うつむく)・・・」

多田「中野さんが亡くなって非常に残念で

  す・・・」

かなえ「(うなずく)・・・」

多田「・・・中野さんを嫌っている人はいる

  かもしれませんがまさかこんな事が起こ

  るなんて」

かなえ「・・・」

   多田は飲んでいた缶コーヒーの残りを

   飲み干す。

多田「・・・実は警察は他殺と考えているら

  しく・・・疑いを掛けられているのは、

  はじめなんです」

かなえ「えっ、はじめさんが・・・」

   と、膝に置いていた手でスカートを

   ぎゅっと握る。

多田「・・・」

かなえ「はじめさんは、はじめさんは、そん

  な人ではありません」     

多田「(うつむいた後、立ち上がる)はじめ

  の意識はもう戻ったみたいなので疑いが

  晴れるように話しが出来ればいいのです

  が」

かなえ「・・・意識が戻ったのですか」

多田「はい、ただ・・・記憶がなくなった

  らしく・・・その日の事は覚えていない

  らしいです」

かなえ「・・・記憶喪失」

多田「(うなずく)・・・明後日、休みですよ

  ね? 良かったら一緒に行きませんか?

  はじめが入院している病院はここからそ

  う遠くないので」

かなえ「はあ・・・」

多田「もしかしたら、かなえさんの顔を見

  たら思い出すかもしれないし」

かなえ「(肩に掛かった髪を触る)そんなこ 

  と・・・」

多田「明後日の3時にここで集合しましょ

  う。 じゃ(手を上げる)」

かなえ「(うなずく)はい・・・」

   多田、病院内へ歩いていく。

   かなえは多田の病院へ入っていく多田

   を見つめる。

脚本『忘却の罪』

  町(早朝)

   田舎町の早朝、人通りのない町。

   新月川のせせらぎが聞こえる。

 

  自転車の車輪

   コンクリートの道路を低速でよろめき

   ながら進んでいる。

 

  新月川(早朝)

   川沿いには整備された道があり、そ  

   の上は土手が橋まで長く続いている。

 

  町(早朝)

   鳥のさえずりが響き、より静かな町  

   だと感じさせる。

 

  ウォーキングしている中野の足

   中野洋子(35)のスニーカーがテンポ

   良く交互に動いている。

 

  ため池(早朝)

   人の管理が行き届いておらず木や草が

   生い茂っている。 ため池の周りは有

   歩いて一周出来るようになっている。

 

  自転車の車輪

   ペダルを漕ぐ足が見えるが、左足しか

   見えず、右足のペダルは空を切ってい

   る。

 

  新月川・川岸(早朝)

   釣竿を持ったおじいさんが椅子に座り、

   釣り糸を川に垂らしている。

 

  新月橋(早朝)

   ピンクのジャージを着て歩いている中

   野の後ろ姿。

 

  自転車の車輪

   車輪の動きが止まり左足を地面につけ

   る。 その後すぐに左足をペダルに戻

   し、車輪が進んでいく。

 

  ため池(早朝)

   歩いていた中野が立ち止まり、側に咲

   いていた白い花を摘む。

 

  摘んだ白い花

 

  ため池(早朝)

中野「(花を見つめる)」

   後ろから物音がし、中野が振り向く。

 

  ため池・入り口(早朝)

   両端に草が生い茂っていて、ため池ま

   で通じる道がまっすぐある。

   入り口の手前で自転車が止まる。

 

  町(早朝)

   池に人が落ちる音が響く。

 

  ため池に浮かぶ白い花(早朝)

   ピントは白い花に当てられているが、

   白い花の向こうに中野のピンクのジャ

   ージが際立つように浮かんでいる。

 

  町(早朝)

   町の景色は変わらず微かに川の流れが

   聞こえる。

 

  暗闇

   暗闇の中で徐々に聞こえてくる心臓が

   鼓動する音。

   音がどんどんと大きくなっていく。

   画面が真っ暗な状態から、中心部分が

   白く光り、じわじわと光が広がってい

   く。

 

  病室の天井

   鼓動音が止まる。

 

  病室・中

   4つのベッドがカーテンで仕切られた

   病室。

   一ノ宮 初(28)のベッドは窓側に

   あり、酸素マスクをつけベッドで寝て

   いる。

   頭には白い包帯が巻かれている。

一ノ宮「(目がゆっくり開く)・・・」

   目を開けた後、そのまま天井を見つめ

   ている。

 

  同・ベットサイド

   ベットサイドには置時計と写真立てが

   飾ってある。

   途中途中でピントがずれる。

 

  病室・中

一ノ宮「(ベッドサイドを見つめる)・・・」

   酸素マスクをゆっくりと外し、体を起

   こそうとする。

一ノ宮「(痛そうに)いっ・・・」

   体を元の位置に戻す。

一ノ宮「(写真立てを見つめ)・・・」

   ベットサイドに飾ってある写真立てに

   手を伸ばす。

一ノ宮「(手に取り見つめる)・・・」

 

  一ノ宮が白衣で写る写真

 

  病室・中

一ノ宮「・・・」

   周りを見渡した後、写真を元の位置に

   戻し、痛みをこらえながらゆっくりと

   ベッドから降りようとする。

一ノ宮「(痛そうに)・・・」

   右足を押さえて、ベッドに座る。

一ノ宮「(右足をさする)・・・?」

   仕切りのカーテンが開く。

看護師女「(驚き)一ノ宮さん!」

一ノ宮「・・・?」

看護師女「(慌てて)先生を呼びますので待っ

  ていてください」

   ベッドの足下の所にカルテを置く。

 一ノ宮「(カルテを見つめる)・・・」

 

  カルテ

   カルテには「一ノ宮 初」と名前が載

   っている。

 

  病室・中

一ノ宮「(カルテを見つめる)・・・」

医者の声「一ノ宮さん」

   医者と看護師女がベットサイドまで来

   る。

医者「お〜やっと目を覚ましたね。(心配そう

  に)体の調子は? 痛いところはない

  か?」

   一ノ宮のズボンの裾の所から痣が見え

   る。 

医者「(痣を見つめる)・・・」

   足の付け根から膝の部分まで触る。

医者「(膝をさすりながら)腫れているね・・・

   落ちた時に足を打ちつけたのかもしれ

   んな。 少し安静にしておこう」

一ノ宮「・・・」

   ベッドの側のイスに医者が腰掛ける。

医者「一ノ宮さんが階段から落ちた後、中々

  目を覚まさなかったんだ。 2日間も」

一ノ宮「・・・」

   一ノ宮、まだピンときていない様子。

医者「(申し訳なさそうに)それと・・・警察

  の方が来ているから少し話しをしてくれ

  ないか」

一ノ宮「(医者を見つめる)・・・」

医者「あの事故の事だとは思うが、何も教え

  てもらえなかったから・・・警察の方か

  ら聞いてくれ。 では、また後ほど」

   と、医者と看護師の女は頭を軽く下げ、

   去ろうとする。

一ノ宮の声「すみません」

   医者と看護師女が同時に振り向く。

一ノ宮「・・・なにも、思い出せません・・・」

医者「(聞きなおす様に)えっ?」

一ノ宮「(カルテを見つめながら)僕の名前

  は・・・」

  暗闇

 

  T 『忘却の罪』

 

   真っ暗な中にタイトル。

   徐々に車が通り過ぎる音が聞こえてく

   る。

 

続く