脚本「忘却の罪⑨」
○ 回想・東野中央病院
T 「1年前」
○ 同・病室
桜木がベッドで寝ている。
かなえの声「お待たせ〜」
差し入れが入ったビニール袋を側の机
の上に置く。
桜木「ありがとう。 いつも悪いね」
かなえ「ううん、気にしないで。 職場も近
いし、手間と思っていないよ」
桜木「うん。 そういえば、もうすぐで退院
出来るって先生が言ってた」
かなえ「本当に? 良かったね。(弁当箱を取
り出し)はい、これ」
桜木「あ、ありがとう」
かなえ「最近、食欲ないね。 たまに残して
いるみたいだし」
桜木「(少し動揺)う、うん、作ってもらって
るのにごめん」
かなえ「いいのよ。 ずっとベッドの上じゃ
食欲も出ないだろうし」
かなえ「じゃあ、また明日来るね」
桜木「うん」
病室から出て行くかなえ。
桜木「(寂しげに見つめる)・・・」
○同・廊下
かなえが歩いている。
対向から中野が歩いてきてすれ違う。
中野の手には手提げ袋がある。
桜木の病室の前で止まり、かなえの歩
いていった方向を一度振り返る。
○同・病室
レース情報の雑誌を読んでいる桜木。
中野の声「(小声で)桜木君」
桜木「(驚く)あっ、中野さん」
中野「(笑顔)良かったらこれ食べて。 朝早
起きして作って来ちゃった」
手提げ袋から弁当を取り出す。
桜木「(笑顔)ありがとうございます。 あと
で頂きます」
中野「あとで感想聞かせてね」
桜木「(笑顔)わかりました」
○同・病室(夜)
部屋の灯りは消されていて街灯の光で
少し部屋が明るく見える。
桜木「(心地良さそうに寝ている)・・・」
ベッドの側のテーブルの上にはかなえ
から貰った弁当の蓋が開いており、半
分ほど残されている。
○ 桜木の家・中(夜)
桜木はベッドに横になりケータイを扱
っている。
その近くでかなえがテレビを見ている。
桜木「今週の日曜日さぁ、友達と遊び行って
良い?」
かなえ「えっ、その日はドライブする約束だ
ったじゃん」
桜木「ごめんごめん、中々会えない友達でさ
ぁ、この機会逃すと会えないんだよね。
これが、これが最後だから」
かなえ「(寂しそうに)・・・わかった」
かなえのナレーション「でも、会ったのは中
野美奈子だった。 多分、彼は彼女の魅
力に惹かれていっていたと思う」
○ 山道から見える街(夜)
○ 山道(夜)
二車線の道路を桜木と中野が乗るスポ
ーツカーが走る。
中野「あ〜今日は楽しかったわ。 何か若返
ったみたい」
桜木「(つんとした表情)・・・」
沈黙が続く車内。
中野「・・・ねぇ、ホテル行こうよ」
桜木「えっ・・・」
中野「・・・ここの近くにあるから」
桜木「・・・中野さん、もうこの関係辞めま
せんか」
中野「どうゆう事」
桜木「ごめんなさい・・・やっぱり俺には付
き合っている彼女がいるので」
中野「今さらなんなの? 私の気持ちはどう
すればいいの?」
桜木「知らないよ。 近づいてきたのはそっ
ちじゃないですか。 俺はかなえじゃな
いとダメなんです」
中野「(怒った表情)・・・」
対向車線から大型のトラックが近づく。
中野は助手席からハンドルを右に切る。
桜木「(驚き)おい・・・! 」
急ブレーキの音。
○ トラックのヘッドライト
ヘッドライトの白い光が画面いっぱい
に広がる。
○ 桜木の実家
桜木家と表札が立っている。
○ 同・室内
仏壇に桜木の遺影写真が飾られている。
線香の煙が立ちこめている。
机の上には新聞が置いてある。 小さ
くレーシングドライバーがまさかの死
亡事故と書かれている。
かなえ「(お辞儀をし)ではこれで失礼します」
桜木の母「(泣きながら)ありがとうございま
した。 健一郎も喜んでいると思います」
かなえ「(お辞儀する)・・・」
○ 桜木の実家
お辞儀して玄関からかなえが出てく
る。
○ 町の道路
かなえが歩いている。
○ 公園
入り口に中野が浅く腕組みして立って
いる。
中野は腕に包帯が巻かれていている。
かなえは一度気付き、立ち止まるがそ
のまま前を通り過ぎる。
かなえ「(すれ違い様に会釈)・・・」
中野「私が殺したのよ」
かなえ「(立ち止まる)・・・」
中野「あの子が自分勝手な事言ってたから」
かなえ「(振り返り)・・・どういう事」
中野「桜木君は私と一度関係を持った。 で
も、その後、関係を断たれた。(薄笑い)
私も言ってしまえば被害者よ」
かなえ「(驚く)・・・」
中野「あなたは一度、男に捨てられているの
よ」
立ち去っていく中野。
○ 回想終・かなえの部屋
かなえ「・・・」
一ノ宮「・・・」
二人の沈黙が続く。
一ノ宮「(沈黙を断ち切るように)ちょっと外
の空気でも吸いに行こうか。 あの丘上
に」
○ 喫茶店・中
多田「かなえちゃんはもう戻ってこない」
と、うつむいたまま。
机の上にあるケータイを取る。
多田「(ケータイに)あの、今から会えません
か? 重要な手がかりなんですが」
と、力なく話す。
○ 丘の上(夕)
ベンチに腰掛ける、一ノ宮とかなえ。
○ 町の景色(夕)
○ 丘の上(夕)
かなえ「・・・本当はね」
一ノ宮「・・・?」
かなえ「はじめさんと付き合っていたの。 職
場のみんなには黙っていたけど」
一ノ宮「えっ・・・」
かなえ「私、はじめさんが記憶を失う前に一
緒にここに来たの。 それは私から誘っ
て」
一ノ宮「(かなえの方を見る)えっ・・・」
ベンチに座る二人の背中が少し昔に戻
る。
かなえ「昔の彼氏を亡くしてから、私を救っ
てくれたのは、はじめさんだった。
どんな時も側にいてくれた。 だから、
はじめさんを誰にも取られたくなかった」
一ノ宮「・・・」
かなえ「・・・あの頃も好きだったし、今の
はじめさんも好き・・・でも・・・」
一ノ宮「・・・」
かなえ「私は、はじめさんを愛してもいい資
格なんてないのかも」
一ノ宮「・・・」
かなえ「(涙を浮かべる)・・・あんな、あん
な事をしてま・・・」
一ノ宮がかなえの言葉をかき消すよう
に肩を抱く。
かなえは一ノ宮の胸で泣いている。
一ノ宮「(真剣な眼差し)・・・」
○ 喫茶店・中(夕)
入店を知らせる鈴の音が店内に響く。
間柴が店内に入ってくる。
間柴「待たせましたね」
多田「とんでもない」
間柴「(すぐ席に着き)で、話しというのは」
多田「あの事件の事ですが」
と、もったいぶる様にコーヒーを一口
すする。
多田「階段から落ちる前からケガをしていた
らしく、中野さんと揉み合いになった時
にケガをしたのかもしれません。 あい
つが絶対犯人ですよ。 刑事さん」
間柴「(ため息をつき)・・・その話しだが俺
も病院から聞いていた」
と、期待はずれっぽく言う。
間柴「しかも、そのケガは事件前日の夜、ア
パートの階段から落ちてケガをしている。
アパートの住人からの情報も入った」
多田「(驚き)そんな、そんなはずはない! あ
いつが犯人だ。 あいつはそういう奴
だ!」
間柴「・・・話しがそれだけなら帰りますよ」
と、席を立とうとする。
多田の声「(擦れるような声)あいつが犯人だ、
あいつが犯人だ、記憶を戻さないように
守られているから・・・」
間柴「(立ち止まり)いまなんて?」
多田「かなえちゃんが、はじめの記憶を戻さ
ない様にしているから、戻らない限りあ
いつは捕まらない」
間柴「(席に戻り)どういう事だ」
多田「・・・アイツが捕まらない様に記憶が
戻らない手だてをしているんだ」
○ フラッシュバック・調剤薬局・中
受付の奥でかなえがパソコンを眺めて
いる。
多田「(かなえを見つめる)・・・」
○ 喫茶店・中(夕)
多田「・・・かなえちゃんが何を調べている
のか無性に知りたくなった・・・検索履
歴を、見てしまった」
間柴「(真剣に見つめる)・・・」
多田「・・・記憶が戻らない方法を調べてい
ました」
間柴「記憶が戻らない方法・・・」
多田「(泣きながら)なぜあんなにはじめの事
を守ろうとするんだ。 なぜあいつなん
だ」
間柴「ありがとう。 重要な手がかりだった」
と、小銭を机に置いて席を立つ。
○ 喫茶店・外(夕)
喫茶店の近くに車を停めている。中に
芽田が待機している。
間柴が車の助手席のドアを開き、乗り
こむ。
○ 車・中(夕)
芽田「なにか手がかりはありましたか?」
間柴「・・・大有りだ」
と、言いながらシートベルトを装着す
る。
芽田「やはり犯人は一ノ宮ではないと?」
間柴「一ノ宮が犯行を行える様な状態では無
かったと言う事は分かっているが・・・
だが、なぜ犯行現場にいたのか」
芽田「・・・」
間柴「一ノ宮が有川に惚れていたからだ」
芽田「有川・・・あの女」
間柴「(うなずく)・・・一ノ宮の記憶が戻る
と自分の犯行がばれてしまうから、記憶
が戻らないように一緒にいた」
芽田「・・・記憶が戻ると一ノ宮さんの命が
危ない」
間柴「(うなずく)・・・有川の家に行くぞ」
芽田「はい」
車が発進する。