TOCCHI-NICOLSON

気の向くままに

脚本「忘却の罪⑧」

 

  同・廊下(朝)

   一ノ宮が廊下を歩いている。

   桜木の病室前で立ち止まり、中を覗く。

 

  同・病室(朝)

   かなえと桜木が談笑している。

 

  同・廊下(朝)

一ノ宮「(寂しげな表情)・・・」

看護師「(一ノ宮に)おはようございます」

一ノ宮「(驚き)おはようございます」

   一ノ宮、もう一度病室を見ると、かな

   えが一ノ宮の方を向いている。

一ノ宮「(軽く会釈)・・・」

   足早に立ち去る。

中野「(一ノ宮を見つめる)・・・」

   病室の陰から一ノ宮を見つめている。

 

  町(夕)

   一ノ宮が俯いて歩いている。

中野「一ノ宮さん」

一ノ宮「中野さん。 どうかしました?」

中野「いえ、一ノ宮さんの元気がないなと思

  って追いかけてきました」

一ノ宮「(素っ気なく笑い)そうですか」

中野「有川かなえさんの事ですよね」

一ノ宮「(驚き)えっ、どうして」

中野「見ていれば分かりますよ。 それに私、

  一ノ宮さんの事が好きなので見ています」

一ノ宮「えっ・・・そんな事言われても」

   と、足早に離れようとする。

中野「私、一ノ宮さんが望む事なら何でもし

  ますよ」

一ノ宮「望む事なんてないですよ」

中野「有川さんがもし別れたら・・・どうし

  ます?」

一ノ宮「そんな馬鹿な事ある訳ないですよ」

   場所は新月橋まで歩いて来ている。

中野「もし別れたなら、私とデートしてくれ

  ますか」

一ノ宮「えっ・・・」

   立ち止まる。

中野「一日だけでいいですから」

一ノ宮「・・・好きにしてください」

 

  回想終・東野中央病院・屋上

多田「・・・それから、本当に二人は別れた。

  しかし、はじめはもちろんかなえさん

  の事が好きだから、中野からのデートを  

  断った」

一ノ宮「・・・」

多田「それではじめと中野さんの間で揉めて

 いたんだ。 これは、はじめの記憶がある

 時に聞いた話だ」

一ノ宮「そうか・・・」

多田「それでもかなえさんを愛せるか」

一ノ宮「・・・?」

多田「かなえさんが別れたのは、はじめが関

  わっている。 かなえさんを追い込んだ

  のは間違いなくお前だ。 そんなお前に

  愛せる資格はあるのか」

一ノ宮「・・・」

多田「(真剣な顔で見つめる)・・・」

一ノ宮「・・・わからない・・・でも、記憶

  が無くなってもやっぱりかなえの事を愛

  せた。 それでも好きなんだ」

多田「(真剣な顔で見つめる)・・・」

一ノ宮「記憶が無くなった前の事は分からな

  い。 だけど、この感情だけは覚えてい

  る気がする」

多田「・・・そうか、わかった。この話はこ 

  こで終わりだ。 止めにしよう。 いず

  れにしても、記憶が戻ればお前は自首し

  なければならない。 かなえさんとは一

  緒にいられない」

   多田が立ち去ろうとするが途中でくる

   りと反転する。

多田「あと、これはかなえさんには言うなよ。

  あの頃の事を思い出して苦しむかもしれ

  ない」

一ノ宮「・・・」

多田「これ以上彼女の事を傷つけるな」

   院内に戻っていく多田。

一ノ宮「(後ろ姿を見つめる)・・・」

 

  ケータイの画面

   差出人は一ノ宮初、受取人は有川かな

   えと書いている。

   文字が入力されていく。

  『ごめん、今日は忙しいからまた今度会

   おう』

   と、送信する。

 

  丘の上(夕)

   一ノ宮、ベンチに座り、ケータイを見

   つめる。

   ケータイをポケットに直し立ち上がる。

一ノ宮「・・・」

 

  町の景色(夕)

   夕焼け空に茜色に染まる町。

 

  かなえの家(朝)

 

  かなえの部屋(朝)

   ベッドで寝ているかなえ。

   ゆっくりと目を開き、ケータイを手探

   りで探す。

かなえ「(目を細くしてケータイを見る)あ

  っ・・・」

   ケータイを見ている。

かなえ「多田さん・・・?」

 

  喫茶店

   人気のない寂れた店内。

   二人掛けのテーブル席に座る、かなえ

   と多田。

   アイスコーヒーが入ったグラスが結露

   を起こしている。

かなえ「それで・・・話しって何ですか」

多田「・・・はじめの事なんですけど、はじ

  めのどこがいいんですか」

かなえ「なんでって・・・」

多田「確かにはじめは良い奴かもしれません

  けど、なんていうかその、あの事件の犯

  人かもしれないんですよ。 そんな男よ

  り僕の方が絶対良い」

かなえ「(驚く)えっ・・・」

多田「(嘆く様に)何であいつなんだ・・・」

かなえ「・・・私が、何も言わなくてもはじ

  めさんは分かってくれるんです。 迷っ

  ている事、不安な事、そして、記憶が戻

  らなくても私の事を好きでいてくれると

  言ってくれました」

多田「・・・あいつは、あいつは都合の悪い

  事を思い出したくないだけですよ! な

  んで分かってくれないんですか」

かなえ「(悲しげな表情)・・・」

多田「そんな事なら、俺の方が分かる。 君

  の全てを知っている」

かなえ「(不気味に)・・・どういう事?」

多田「(うつむき)・・・君の事をずっと見て

  きた」

かなえ「えっ・・・」

多田「君の事が好きすぎて君の事全て調べた

  んだ」

かなえ「(恐怖)やめて・・・」

多田「でも一つ分からない」

かなえ「・・・」

多田「そんなにはじめの事が好きなのに、な

  ぜ記憶喪失が戻らない方法を調べていた

  のか」

かなえ「(驚く)えっ、何? (睨む)見た

  の・・・?」

多田「(表情変えず)・・・」

かなえ「最低」

   かなえは隣のイスに置いていたバック

   を持ち足早に店を出て行く。

多田「・・・」

 

  一ノ宮の家

   かなえがアパートの階段をあがって行

   く。

   一番手前のドアの前に立ちインターホ

   ンを押す。

   応答がなく、もう一度押す。

かなえ「・・・いないのかな」

 

  道路

   かなえが道路をゆっくり歩いている。

 

  かなえの家の前

   家の前まで着くと一ノ宮がかなえの家  

   の方向から歩いてくる。

かなえ「あっ・・・はじめさん」

一ノ宮「(驚く)かなえ・・・」

かなえ「(家を指差し)入って話ししよう」

 

  かなえの部屋

かなえ「(物を整理しながら)ちょっと散ら

  かっているけど・・・適当に座って」

   机の側に座る一ノ宮。

一ノ宮「昨日はいきなり会えなくなってごめ

  ん」

かなえ「(首をふり)ううん、大丈夫よ」

一ノ宮「俺とかなえは昔、どんな関係だった?」

   かなえ一瞬、躊躇する。

かなえ「・・・普通だったよ。 普通の知り

  あいというか友達というか」

一ノ宮「それ以上の関係ではなかった?」

   整理するのを辞め、座り込むかなえ。

かなえ「うん、前は他の人と付き合っていた

  から」

一ノ宮「レーサーか」

かなえ「(驚き)なんで知っているの・・・?」

一ノ宮「・・・多田から聞いた」

かなえ「えっ、多田さんから?」

一ノ宮「その人と別れた理由も俺が原因なん

  だろ?」

かなえ「・・・」

一ノ宮「・・・やっぱり、そうなのかよ」

かなえ「・・・いや、違うの」

一ノ宮「(威圧的に)違わないだろ」

かなえ「・・・別れたんじゃなくて死んだの」

一ノ宮「(驚き)・・・えっ」

かなえ「・・・黙っていてごめん」

一ノ宮「・・・」

かなえ「(俯く)・・・」

一ノ宮「・・・事故?」

かなえ「(首をふる)・・・」

一ノ宮「えっ、じゃあ・・・」

かなえ「(涙を浮かべて)殺されたの・・・」

一ノ宮「(驚く)・・・」

かなえ「(泣きながら)・・・話すから・・・

  聞いてくれる・・・?」