TOCCHI-NICOLSON

気の向くままに

脚本「忘却の罪⑦」

 

  丘の上(夜)

   かなえが手を後ろで組み、ゆっくりと

   歩いている。

   その後を一ノ宮が上を向いて歩く。

一ノ宮「(上を向き)奇麗だな」

かなえ「うん」

 

  満天の星空 

 

  丘の上(夜)

一ノ宮「(星を眺めている)・・・」

かなえの声「こっちにきて」

   かなえはベンチに座って一ノ宮を見て

   いる。

   一ノ宮は近寄りかなえの隣に座る。

一ノ宮「光は少ないけどこの町も奇麗だな」

かなえ「うん」

 

  町(夜)

   町の中心部だけ明かりが灯っている。

 

  丘の上(夜)

かなえ「このままはじめさんと一緒にいれる

  かな」

一ノ宮「これから先何が起きようと、俺はか

  なえの側にいる」

   一ノ宮が月明かりで照らされたかなえ 

   の横顔を見つめる。

かなえ「(一ノ宮の方を向く)・・・」

   ベンチに置いたかなえの手の上に一ノ

   宮の手が覆い被さる。

   ベンチに腰を掛けた二人の背中が並ぶ。

   二人の顔が近づき重なる。

   二人の側で咲いていた白い花が揺れる。    

  (中野が死ぬ前に摘んだ花)

 

  一ノ宮が入院していた病院

 

○同・診察室

医者「(カルテを見ながら)あれから記憶の方

  はどうかね」

一ノ宮「(首を横に振る)思い出せません」

医者「無理に思い出そうとしなくていいから

  ね」

一ノ宮「はい、でももう記憶は戻らなくて良

  いんじゃないかって最近思うようになり

  ました」

医者「ほほう、そうか。 何か心を動かす何

  かがあったんだな」

   と、何かを察するように笑う。

一ノ宮「(微笑む)はい」

   一ノ宮の後ろから看護師の女が書類を

   持ってきて医者に渡す。

医者「(カルテを見ながら)ああそうだ、一ノ 

  宮君、足のケガだが、調べてみると階段

  から落ちた衝撃でケガをした訳ではない

  みたいだ」

一ノ宮「え・・・?」

医者「(一ノ宮を直視する)もしかしたら階段

  から落ちる前からケガしていたのかもし 

  れん」

一ノ宮「前から・・・」

   思い出すように下を見る。

 

  東野中央病院・廊下

   一ノ宮が俯いて廊下を歩いている。

多田の声「はじめ」

   病室から多田が出てくる。

一ノ宮「おう・・・」

多田「どうした? 元気ないな」

一ノ宮「まぁ・・・」

 

  同・屋上

   東野中央病院の屋上に一ノ宮と多田が

   缶コーヒーを手に持ち手すりに寄りか

   かっている。

多田「・・・そういう事か」

一ノ宮「・・・」

多田「落ちる前にケガをしていた。 中野さ

  んと揉み合いになりそのはずみでケガを

  したっていう事?」

   と言ってコーヒーを一気に飲み干す。

一ノ宮「・・・わからない」

多田「中野さんを落ちした後、急いで逃げよ

  うとしたが引きずった足が階段の段差に

  引っかかりそのまま落ちた」

一ノ宮「・・・やっていない」

多田「認めたくないのはわかるけど・・・」

一ノ宮「分かるけど、なんだ?」

多田「お前は中野さんと揉み合いになるよう

  な事をしていたんだ」

一ノ宮「(驚く)えっ・・・」

多田「・・・」

一ノ宮「どうゆう事だ」

   多田は振り返り町の景色を見る。

一ノ宮「(多田の背中に)多田、どういう事だ

  よ。 教えてくれよ」

多田「・・・はじめに心配してほしくなかっ

  たからずっと黙っていた」

   表情を隠すように俯く。

一ノ宮「・・・なんだ・・・受けとめるから

  言ってくれよ」

 

  回想・東野中央病院・中

T 「1年前」

   廊下を歩く一ノ宮。

一ノ宮「(通りすがりの看護師に)おはようご

  ざいます」

 

  同・食堂

   一ノ宮が足組みをして座っている中野

   の側を横切る。

中野「(通り過ぎた一ノ宮の背中を見る)・・・」

   一ノ宮と多田が立ち話をしている。

   中野は足組みを組み直し一ノ宮を見つ

   める。

多田「あ、かなえさん」

一ノ宮「(かなえの方を見る)・・・」

   食堂の入り口でかなえが小さくお辞儀

   をする。

 

  同・病室

   ベッドの上には当時、かなえと付き合

   っていた桜木健一郎(26)が寝てい

   る。

   その側でかなえは桜木の手を握ってい

   る。

一ノ宮「・・・」

多田「(かなえに聞こえないように)そこにい

  るのは、かなえさんの彼氏で、レース中

  にケガしたらしい」

一ノ宮「レーサー?」

多田「(うなずく)・・・」

   多田はかなえ、桜木に近寄る。

多田「ケガの回復も順調です。 直に退院で

  きます」

かなえ「ありがとうございます」

桜木「本当に助かりました。 もうケガしな

  いように心がけます」

かなえ「それじゃあ、戻ります」

   席を立ち、病室を出て行く。

一ノ宮「・・・」

 

  東野中央病院・外

   一ノ宮が周りをキョロキョロ見回しな

   がら歩いている。

 

  調剤薬局・中

   一ノ宮が中へゆっくり入ってくる。

受付のおばさん「(笑顔)こんにちは〜」

一ノ宮「こんにちは・・・」

   受付の奥の方にかなえが書類を書いて

   いる。

一ノ宮「この間、旅行に行きまして、そのお

  土産です」

   紙袋をカウンターに置き、かなえの方

   を見る。

受付のおばさん「いつもこんなのないのにめ

  ずらしいね〜」

一ノ宮「良かったら皆さんで食べて下さい」

受付のおばさん「みんなって言ってもあたし

  と有川さんだけだけどね〜。 有川さ〜 

  ん」

   かなえが気付きカウンターまで来る。

一ノ宮「(身構える)・・・」

かなえ「うわっ、美味しそう。(一ノ宮を見つめ)頂いて良いのですか?」

一ノ宮「はい、どうぞ」

かなえ「(笑顔)美味しく頂きます」

 

  東野中央病院・中

   一ノ宮が嬉しそうに院内へ入ってくる。

中野「(一ノ宮を見つめる)・・・」

   一ノ宮がすれ違い様に軽く挨拶をして

   いく。

   一ノ宮の歩く後ろ姿。

中野「(一ノ宮を見つめる)・・・」

 

  同・事務室(夕方)

   帰り支度をしている一ノ宮。

一ノ宮「あれ、鍵がない」

   机を引き出したり、ポケットを叩いて

   いる。

一ノ宮「どこやったかな」

   中野、ポケットから鍵を取り出す。

中野「(鍵を拾う素振りをする)一ノ宮さん、

  ここに落ちていますよ」

一ノ宮「あぁ、ごめん、ごめん」

   鍵を受け取り、一ノ宮が帰ろうとする。

中野「もう帰られるのですか」

一ノ宮「・・・うん」

中野「(笑顔)一緒に帰りませんか」

一ノ宮「・・・今日はちょっと急いでいるか

  ら、また今度ね」

   一ノ宮、事務室を出て行く。

中野「(睨む)・・・」