TOCCHI-NICOLSON

気の向くままに

孤狐

「じゃあ今日はここまでにしよう」

 富岡が、細い縁取りをしたメガネを外して仕事の終わりを告げた。くたびれた作業着を身に纏った男2人がお疲れ様でしたと返した声は重く低いものだった。
 時計の秒針が耳につく程聞こえるのは午前1時を過ぎ、街全体が寝静まっているからだろうか。富岡は社員2人の退社を無理した笑顔で見送った後、デスクに残骸の様に積まれた書類を一つ一つ目を通している。
メガネに反射して見えるモニターに映るのは社内メールだ。社員数が3人なのに社内メールがあるという事は本社が別にあり、富岡はその支社に勤めているという事だ。
仏頂面の割に目の横に深く刻まれた皺は若い頃、営業マンとしてバリバリに働いてきた証しでもある。しかし、今はこの皺をさらに深くする様な事は無い。

富岡は考える。孤独とはー
手を差し出せば助けてくれる人はきっといる。
富岡の周りにはいつも誰かがいる。会社の部下や、妻、そして愛する子供。
だけど、手を差し出せない。助けの声を上げる方法が分からない。
俺は会社の支店長として、父親として弱さを見せる事が出来ない。支店長に化けた狐はきっと孤独なんだ。
周りには頼りになる仲間がいるのに、俺は孤独だ。

終わり
tocchi