TOCCHI-NICOLSON

気の向くままに

脚本「忘却の罪 終」

 

  一ノ宮が入院していた病院(夜)

 

  同・病室(夜)

   頭に包帯を巻いたかなえが酸素マスク

   をつけてベッドで横になっている。

   側には一ノ宮と医者が立っている。

医者「では失礼します」

   と、病室から出て行く。

   一ノ宮はイスに座り、かなえの手を握

   る。

一ノ宮「かなえ、許してくれ・・・」

 

  新月川・周辺

   穏やかな風景が流れる。

一ノ宮のナレーション「もう一度この記憶を

  失ってあの日の出来事を忘れれば、僕は

  今ままで通りの僕でいれるし、また君を

  愛せるだろう。 だけど、かなえが時々

  見せていたあの表情は、かなえ自身があ 

  の出来事に縛り付けられ、本来の自分を

  取り戻せずにいるからだと気づいた。  

  ならばその重荷を、僕がこの頭の中に刻

  まれた記憶を閉じ込めていよう。 そし

  て君は記憶を無くして、また初めから僕

  と新しい過去を作っていけばいい」

   ナレーションの合間に川、階段、橋、

   ため池と事件に関連する場所が移り変

   わっていく。暖かい陽気に包まれた穏

   やかな場所。

 

  病室(夜)

   一ノ宮がかなえの手を握っている。

   かなえは表情を変えず瞼を閉じている。

一ノ宮「だから僕は君を・・・許してくれ」

   握った手をゆっくり解き、立ち上がる。

   かなえを見つめ、病室から出て行く。

かなえ「(目を瞑ったまま)・・・」

 

  かなえが入院している病院(朝)

 

○同・病室

   一ノ宮が花束を持って病室の中へ入っ

   てくる。

一ノ宮「おはよ・・・」

   立ち止まり、目を見開く。

   かなえがベッドから体を起こしている。

かなえ「(一ノ宮の方を見ている)・・・」

一ノ宮「かなえ・・・かなえ・・・起きたの

  か」

かなえ「・・・」

   ゆっくりとかなえに近付く。

   花束が手から落ちる。

かなえ「(小さく会釈する)・・・」

一ノ宮「(微笑む)・・・」

かなえ「・・・かなえって、かなえって誰で

  すか」

一ノ宮「(驚く)・・・」

かなえ「・・・あなたはどなた?」

   と、何も知らない表情で質問する。

一ノ宮「(涙が溢れ出し)僕は、いちのみや、

  はじめです。 はじめです・・・」

   一ノ宮、地べたに座り込み、号泣して

   いる。

一ノ宮「(号泣しながら)これで良かったんだ、

  これで良かったんだ・・・」

   病室の窓の側にはかなえが一人で写る

   写真がガラスで出来た透明の写真立て

   に飾られている。

   かなえがベッドから降りて一ノ宮を胸

   で抱く。

かなえ「(小さく微笑む)・・・」

 

  同・病室の窓の外(朝)

   病室の窓の外から抱き合う二人が見え

   る。

 

  かなえの家(朝)

 

  同・中

   乱雑になったままの部屋。 アルバム

   の方へズームしていく。

   アルバムの見開きには一枚だけ写真が

   抜かれている。

 

  病室の窓の外(朝)

   二人が抱き合っている。

   窓の近くに置かれていた写真立ての背

   面にピントが合う。

   写真は一ノ宮が記憶を戻すきっかけに

   なったアルバムから抜かれた写真。

   一ノ宮とかなえが並んでピースをして

   いる。

 

  新月橋

   橋の手すりに腕を置き、川を眺める間

   柴と芽田。

芽田「有川もあの階段から落ちて記憶喪失。  

  ますます怪しいですね。 しかもその現

  場には一ノ宮がいた・・・」

間柴「一ノ宮があそこにいたのは、記憶が戻

  ったからだろう」

芽田「(驚く)えっ・・・」

間柴「あの階段で一ノ宮が俺に、こう言った

  んだ。 間柴さんって・・・一ノ宮の記

  憶が無くなってから初めて会った時、わ  

  ざと名前を伝えなかった。 記憶が無く

  なる前は俺の名前を知っていたからな」

芽田「では、事件の事を思い出したんじゃな

  いですか」

間柴「(ゆっくり首を横に振る)いいや、記憶

  は戻ってないの一点張りだ。 真実を隠

  して生きていくなんて窮屈だろうに」

芽田「有川の記憶喪失も本当なのでしょうか」

間柴「それは二人しか知らないだろう」

芽田「でも、どっちなんでしょうか。 記憶

  が戻った時に対処出来る様に近くにいた

  のか、一ノ宮の事を想うから近くにいた

  のか」

間柴「・・・」

芽田「今、追っているのが、本当は事件じゃ

  なくて事故であればいいのに・・・」

間柴「まったくだ」

   と、その場を離れる。

 

   終わり