TOCCHI-NICOLSON

気の向くままに

脚本「忘却の罪⑥」

 

  渓谷近くの駐車場

   車から降りるかなえ。 遅れて一ノ宮

   が車から降りる。

一ノ宮「(まぶしそうに)すげーいい天気。

  さっ、かなえさん行きましょう」

かなえ「(微笑み)はい」

 

  渓谷

   川のせせらぎが聞こえてくる。 見る

   からに冷たそうな川の流れ、緑の木々

   の隙間から見える太陽。 ごろついた

   岩に川の流れが起伏している。

 

  同・林道

   一ノ宮とかなえが並んで歩いている。

一ノ宮「足場悪いから気をつけて」

かなえ「うん、ありがとう」

    二人、林道をゆっくり歩く。

    木々の間から木漏れ日が差し、二人

    を照らす。 二人沈黙が続く。

一ノ宮「・・・あの事件の事だけどさ」

かなえ「・・・」

一ノ宮「俺が中野さんを落としたと思って

  る?」

かなえ「(顔を曇らせ)・・・」

   一ノ宮の横顔を見る。

かなえ「・・・思っていないよ」

一ノ宮「・・・そっか、ありがとう」

かなえ「・・・どうしたの?」

一ノ宮「そんな風に思われていたらどうしよ 

  うって。 でも、それを証明する事が出

  来ないからいつまでもどこかそういう目

  で見られているんだって思ってしまう」

かなえ「・・・」

   風が強く吹き、二人の髪が揺れる。

   二人とも風の方を見る。

 

  同・吊り橋

   人一人が歩ける程の吊り橋。

   川の流れの音が印象的に聞こえる。

一ノ宮「ここがテレビで言ってた吊り橋だ」

   と、ゆっくりと歩を進める。

   一ノ宮がツタで出来た手すりを握り、

   足下を確認する。

一ノ宮「(後ろを振り向き)先に行くね」

   橋を渡り出す。

   足を進ませる度、橋がきしむ音が鳴る。

   足下を見ると、木の板の隙間から川の

   流れが見える。

かなえ「(睨む)・・・」

   かなえの右手は自分のシャツを力強く

   握りしめている。

かなえ「(睨む)・・・」

   一ノ宮は橋の中腹まで来る。

   かなえも橋を渡りだす。

   かなえは足下を見つつ、一ノ宮の背中

   を見て進む。

   橋がきしむ音が聞こえ、一ノ宮が振り

   返る。

一ノ宮「ここまでおいで」

   一ノ宮、橋の中腹で立ち止まり、川の

   流れを眺める。

かなえ「(鋭い目をしている)・・・」

 

  同・橋の下の川

   まして、川の勢いが印象的な音。

   岩がゴツゴツとむき出しになっている。

 

  同・吊り橋

   一ノ宮越しにかなえが、歩いて向かっ

   てくる。 左手だけ、ツタの手すりに

   触れている。

一ノ宮「(川の流れを眺めている)」

   かなえはシャツを握っていた右手を震

   えながら離す。

   シャツはその部分だけクシャクシャに

   なっている。

かなえ「(一ノ宮の背中を見る)・・・」

   一ノ宮の後ろ姿。

かなえ「(驚いた表情)はっ・・・」

   一ノ宮の後ろ姿。

  フラッシュ・丘の上(夜)

   丘の上の公園で一ノ宮が手すりに肘を

   乗せ、夜空を見上げている後ろ姿。  

   そして振り向く。

 

  渓谷・吊り橋

   一ノ宮が振り向き手を差し伸べる。

一ノ宮「おいで」

かなえ「・・・」

   かなえは体が硬直し動けない。

一ノ宮「・・・」

   一ノ宮が、かなえに歩みより抱きしめ

   る。

一ノ宮「(目を瞑っている)・・・」

かなえ「(目を開けている)・・・」

   二人、抱き合ったまま。

一ノ宮「もうこのまま記憶が戻らなくたって

  いい・・・」

   と、耳元で囁く。

かなえ「(ぽかんとした表情)・・・」

一ノ宮「今、こうして一緒にいられるなら過

  去の記憶なんて大したものじゃない。 

  これから残されていく記憶の方がもっと

  大切だ」

かなえ「・・・」

一ノ宮「かなえさん一緒にいよう」

かなえ「(目に涙を浮かべ)・・・」

一ノ宮「これからずっと」

かなえ「(涙を流しながら)はい・・・はい・・・」

 

  車内(夕方)

   一ノ宮が運転し、かなえが助手席に座

   っている。

一ノ宮「(前を見たまま)眠っていていいよ」

かなえ「・・・うん、ありがとう」

   窓の方を向き、目を瞑る。

   窓ガラスに反射した夕焼けとかなえの

   顔。

   暫くして目を開けると、夕焼け空を見  

   上げる。

 

  夕焼け空

 

○暗闇

   暗闇の中でパソコンのテンキーを入力

   する音が聞こえる。

 

  パソコンの画面

  画面に文字が入力されていく。

 『あいつが犯人だ。 あいつが殺したん

  だ。』

 

  多田の家・中(夜)

   机の上にはビールの缶が置いてある。

   両手はひたすらテンキーを入力してい

   る。

 

  パソコンの画面

   掲示板に入力した文字がUPされてい

   る。

 『あいつが犯人だ。 あいつが殺したん

 だ。 記憶さえ戻ればあいつは消える。

 あの人に近づく奴は俺が消していく。』

   パソコンの画面が消え、真っ暗になる。 

   真っ暗になったパソコンに反射して、

   多田の顔がくっきりと見える。

 

  調剤薬局・中

   出入り口のドアが開き、多田が入って

   くる。

多田「こんにちはー」

かなえ「多田さん」

多田「おばさんは?」

かなえ「いま、外に出ています」

多田「あぁ、そう」

かなえ「どうしたんですか」

多田「(微笑みながら)かなえさんどうしてる

  かなと気になって」

かなえ「(書類を整理しながら)あぁ、元気で

  すよ。 最近色々ありすぎて疲れていた

  んですけど、迷いとか不安とか・・・そ

  ういうのが一気に無くなって気分が随分 

  楽になりました」

多田「そうですか、良かった。 かなえさん

  最近元気ないなと思っていたので、僕も

  それを聞いて楽になりました。 何か良

  い事でもあったんですか?」

かなえ「・・・はじめさんの事なんですけど」

   多田の表情が一気に曇る。

多田「(驚き)えっ・・・」

かなえ「はじめさんとお付き合いする事にな

  りました」

   と、書類を整理しながら微笑む。

多田「(驚き)え・・・はじめと・・・?」

  出入り口の方からドアが開く音がする。

受付のおばさん「あ〜暑い暑い。 あ、こん

  にちは」

多田「(びくともせず)・・・」

受付のおばさん「二人仲良いわね〜、付き合

  っているの?」

   と、冗談まじりで笑いながら話す。

   かなえは困惑顔で笑う。

多田「(無表情で)用事を思い出しました。 こ

  れで失礼します」

   と、踵を返す。

かなえ「・・・?」

多田「(立ち止まり)・・・あの事件の事です

  が、警察に有力な情報が入ったらしいで

  すよ」

   と言い、受付のおばさんに少し肩をぶ

   つけるように出て行く。

   受付のおばさんはよく分からず、多田

   の背中を目で追う。

かなえ「(動揺した顔)・・・」

 

  東野中央病院・外

多田「裏切りは許さない」

   早歩きで病院へ戻っていく。