TOCCHI-NICOLSON

気の向くままに

脚本「忘却の罪③」

 

  病院・中

   一ノ宮の病室が個室に移され、一ノ宮

   はベッドで横になっている。

   ノックの音が鳴る。

   間柴と芽田が入ってくる。

間柴「(警察手帳を見せる)署の者です」

芽田「(警察手帳を見せ、会釈する)」

   一ノ宮はベッドに座るような体勢に変

   えて会釈する。

間柴「一ノ宮 初さんですね」

一ノ宮「あぁ・・・はい」

   刑事は近くに置いてあった椅子をベッ

   ドの横に移動させ座る。

間柴「体の調子はどうですか」

一ノ宮「・・・だいぶん楽になりました」

間柴「それは良かった。 お医者さんから足

  も怪我されたと聞いていましたから。   

  それと、記憶の方はどうですか?」

   一ノ宮、軽く頭を横に振る。

間柴「・・・そうですか、事件の事は少し聞

  いていると思いますが、何も思い出せま

  せんか?」

一ノ宮「はい・・・なにも・・・」

間柴「そうですか・・・じゃあ、これでな

  にかピンときませんか」

   胸ポケットから写真を取り出す。

 

  写真

   事件現場に乗り捨てられた赤色のママ

   チャリ。

 

  病院・中

間柴「・・・」

一ノ宮「・・・(首をかしげ)いえ」

   間柴はため息をつき写真を胸ポケット

   に戻す。

間柴「ちなみにこの自転車の持ち主は・・・ 

  一ノ宮さん、あなたです。 指紋も一致

  しています」

一ノ宮「えっ・・・」

間柴「(心を見透かすように睨む)・・・」

一ノ宮「(首を横に振り)・・・覚えていませ

  ん」

間柴「・・・そうですか。 しかし一ノ宮さ

  ん、あなたの記憶が戻らない限り、真実

  はわからないかもしれませんが・・・」

一ノ宮「・・・」

間柴「(睨みつける)状況証拠は充分に揃って

  いる・・・捕まってもおかしくはない」

一ノ宮「(動揺しながら)や、やっているか分

  からないのに捕まるのですか・・・」

間柴「その場合もある・・・と言うことです」

   席を立つ間柴、芽田。

一ノ宮「そんな・・・」

間柴「もちろん、やっていない事が証明でき

  るアリバイがあればそんな事にはなりま

  せん・・・私たちはあらゆる可能性を潰

  していく・・・それだけです」

一ノ宮「おれは・・・やっていない・・・」

   間柴、呆然としている一ノ宮の様子を

   見て

間柴「(軽く会釈)また、お邪魔します」

   と、立ち上がる。

芽田「今度写真を持ってきます。家族、友人、

  仕事場の方々の」

   一ノ宮は呆然としたまま。

間柴の声「いくぞ」

   間柴、芽田ゆっくりとドアを閉めて出

   て行く。

   一ノ宮、ベッドに仰向けになる。

一ノ宮「・・・」

 

  同・廊下

   間柴と芽田が並んで歩いている。

芽田「間柴さん、状況証拠だけで逮捕出来る

  んですか?」

間柴「あれだけの情報じゃ、出来っこないだ

  ろ」

芽田「えっ、じゃあなんであそこまで」

間柴「試したんだよ」

芽田「(神妙に)えっ」

間柴「記憶喪失は嘘なんじゃないかって」

芽田「あぁ・・・」

間柴「・・・あらゆる可能性を潰していく。

  そうだろ?」

芽田「はい」

間柴「・・・実はこの間、一ノ宮が勤めてい

  る病院に行ったんだ。 そこで顔見知り

  程度になっていたんだが・・・」

芽田「そうなんですか・・・でもそんな素振

  りはなかったですね」

間柴「(ニヤリと)あれが演技なら手強いな」

芽田「ですね・・・」

間柴「そういえばあのネットの書き込みは分

  かったか」

芽田「いえ」

間柴「あの書き込みをした人物も怪しい。 す

  ぐに調べよう」

   奥まで歩いていく間柴、芽田の背中。

 

  東野中央病院・前

   多田がベンチの近くにある自動販売機

   の前で缶コーヒーを飲んでいる。

かなえの声「すみません」

   多田の元へ駆けていくかなえの後姿。

多田「・・・!」

かなえ「遅れてごめんなさい」

   ショートヘアでメガネも付けていない

   かなえ。 雰囲気が全く変わっている。

多田「(見とれている)・・・あぁ、いえ」

かなえ「(髪を触りながら)あ、驚きました?」

多田「あ、まぁ」

   と、飲み干していた缶コーヒーをすす

   る。

かなえ「(微笑む)髪は前々から切ろうと思っ

  ていまして・・・メガネも元々はコンタ

  クトだったので戻しただけです」

多田「似合っていて、すごく良いと思います」

かなえ「(微笑む)照れますね」

多田「では、車を用意していますので行きま

  しょう」

 

  病院・廊下

   廊下を歩く、かなえと多田。

   かなえの手には花束がある。

   かなえの表情が暗い。

多田「どうかされました?」

かなえ「(ハッとして)いえ」

多田「すごく不安そうですね」

かなえ「ええ・・・まぁ・・・」

多田「大丈夫ですよ。 覚えていなくて当た 

  り前ですから」

   かなえ、軽くうなずく。

多田「これから思い出せるようになってい

  けばいい。 それだけです」

かなえ「・・・」

 

  病室のドアの近くに『一ノ宮 初』と手書きの表札

 

  同・病室

   静かにドアが開き、多田、かなえが入  

   る。

   一ノ宮は気づかず窓の外を眺めている。

多田「はじめ」

一ノ宮「(振り向く)・・・」

かなえ「(少しうつむき)こんにちは」

一ノ宮「・・・こんにちは」

多田「俺たちの事分かる?」

一ノ宮「・・・いえ、すみません」

多田「そうだよな。 俺は多田 晃(握手を

  する)はじめとは病院で一番仲がいい同

  僚なんだ。 で、こちらは、病院の近く

  の調剤薬局に勤めている有川かなえさん」

かなえ「どうも・・・」

一ノ宮「(姿勢を正し)どうも」

 

  同・窓から見える町(夕)

多田の声「だからその時、はじめは院長にこ

  う言ったんだ」

 

  同・病室

多田「院長の奥さんが入院した時、院長は家

  では頼りにならないと言っていましたよ

  って、(笑う)そうしたら院長は何も言わ

  ずに立ち去ったって」

一ノ宮「(笑いつつ、かなえの方を見る)」

かなえ「(目があって目を逸らす)」

多田「あ、飲み物が少なくなっているから

  買ってくるよ。 同じものでいい?」

一ノ宮「うん、ありがとう」

多田「じゃあ、かなえさんも何か思い出すか

  もしれないから昔の話しをしてあげてい

  て下さい」

かなえ「あ、はい」

   多田、病室を出て行く。

かなえ「・・・」

一ノ宮「最近、警察の人ばっかりでお見舞い

  に来てくれる人が少なかったから嬉しい

  です」

かなえ「早く退院出来るといいですね」

一ノ宮「・・・はい、ここは退屈ですからね」

   と言い、テレビの電源を入れる。

 

  テレビ画面

   ニュース番組で記憶が無くなったピア

   ニストが見つかったとキャスターが報

   じている。

 

  病室

かなえ「・・・退院したら何がしたいですか」

   一ノ宮、ベットサイドに置いているペ

   ットボトルを手に取る。

一ノ宮「う〜ん、旅行ですかね」

   一口水を口に含み、ベットサイドにペ

   ットボトルを戻す。

かなえ「・・・(ベットサイドの方を見る)」

   ベットサイドには2口程度の水がペッ

   トボトルに残っている。

一ノ宮「(テレビを眺めている)・・・」

   かなえはペットボトルを見た後、一ノ 

   宮を見つめながら膝の上に置いたハン

   ドバックの中に手を入れる。

かなえ「どんな所に行きたいですか」

一ノ宮「(テレビの方を向いている)そうです

  ねぇ・・・」

   ペットボトルにズームしていく。

   かなえのバックから透明のビニールに

   入った粉末状の薬を取り出そうとする。

一ノ宮「(振り向き)かなえさんとどこか行き

  たいです」

かなえ「(バックから手を引っ込める)え・・・」

一ノ宮「(かなえを見つめる)・・・」

かなえ「な、なんですかいきなり」

一ノ宮「実はこの間、刑事さんが来て、色々

  写真を見せてくれたんです。 それでか

  なえさんを見つけた」

かなえ「(髪を触り)でも・・・」

一ノ宮「ダメですか」

かなえ「いや・・・」

   ドアの開く音が鳴る。

多田「おまたせ~、ここ置いとくよ」

   ベットサイドに水を置く。

一ノ宮「ありがとう」

多田「(笑う)なんでテレビつけてるの?」

一ノ宮「えっ、これは・・・」

多田「どっちも人見知りだから話す事に困っ

  たんだろ(笑う)」

一ノ宮「まぁ・・・」

多田「(時計を見て)あ、やべっ、こんな時間

  だ(かなえに)そろそろ時間だし帰りま

  しょうか」

かなえ「・・・はい」

   席を立つかなえ。

多田「じゃあまた来るから(手を上げる)」

かなえ「(会釈)」

一ノ宮「うん、また」

   多田とかなえが部屋を出て行く。

   一ノ宮は花束を見つめ、少し微笑む。