TOCCHI-NICOLSON

気の向くままに

脚本「忘却の罪②」

 

  新月橋の下(朝)

   橋の下の暗がりからコンクリートで舗

   装されている川岸があり、川岸と土手

   を繋ぐ階段がある。

   土手の奥を見ると木が生い茂っている

   ため池の入り口が見える。

   入り口には警察車両が止まっている。

 

  ため池の入り口(朝)

   青色のビニールシートがその先の視界

   を遮っている。   

   ビニールシートの中へ入る刑事の間柴 

   良(38)と芽田 悟(28)。

 

  ため池(朝)

   池までは周囲から2mほど下に位置し

   ている。

   カメラのシャッター音が鳴る。

   鑑識がカメラを手に持ちシャッターを

   押している。

間柴「(下を見下ろし)こりゃひでぇ」

   ため池に浮かぶ女性の死体。 ピンク

   のジャージを着用しており体には木が

   貫通して出てきている。

芽田「事故ですかね」

間柴「どうだろうな。 事故であってほしい 

  けど」

   と、池の周囲を見ながらゆっくりと歩 

   く。

間柴「・・・」

   落ちたと推測される場所を見つける。

間柴「んん〜(疑問)しかし少しも痕跡が無

      いな。 普通足を滑らせたなら後が残

   るだろうし、何かを掴んだりした時の

   形跡もない」

 

  ため池(朝)

間柴「それにうつ伏せじゃなく(死体を覗   

  く)仰向けだ・・・」

   と、腰を落とし、ため池を見つめる。

間柴「・・・誰かに押された、ということ 

  かもしれない」

芽田「(驚き)じゃあ、殺人ですか」

間柴「いや、まだ何とも言えないが、一つ怪

  しい点がある」

   と、間柴が立ち上がる。     

芽田「怪しい点?」

間柴「この女性が発見された直前、ここから 

  50m離れた新月川で、川岸に繋がる階

  段から男が落ちてきたそうだ」

芽田「落ちてきた?」

間柴「あぁ・・・」

 

  回想・町(早朝)

   車の通りも人の通りもない。

   川の流れる音だけが聞こえる。

 

  新月川・川岸(早朝)

   新月橋の下で、おじいさんが折りたた

   み式のイスに座り、釣りをしている。

 

  川に浮かんでいる浮き

 

  新月川・川岸(早朝)

おじいさん「(浮きを見ている)・・・」

   川に餌を投げる。

 

  川に浮かんでいる浮き

   コツンコツンとあたりがきている。

 

  新月川・川岸(早朝)

おじいさん「!・・・(いっそう浮きに集中す

  る)」

   階段から人が落ちてくる鈍い音がする。

おじいさん「(浮きから目を逸らし、音の方向 

  を見る)・・・はっ!」

   一ノ宮が階段の下で倒れている。

  おじいさんは竿を置き、よちよちと硬

  くなった間接を懸命に動かしながら近

  づく。

おじいさん「だ、大丈夫かね」

一ノ宮「(頭から血を流している)・・・」

おじいさん「(驚く)はっ(周りを見回す)

  救急車、・・・救急車」

  救急車のサイレンが鳴る。

 

  新月川・土手(早朝)

   土手には救急車が停まっている。

   野次馬が複数名来て、土手の下を覗い

   ている。 野次馬はおじいさん、おば

   あさんと、年齢が高め。

 

  新月川・川岸(早朝)

   救急隊員が一ノ宮に応急処置を行って

   いる。    

野次馬おばあさんの声「大丈夫かしら〜」

   野次馬の声がザワザワと聞こえる。

 

  新月川・土手沿い(早朝)

   少年と少女が救急車の方へ走っている。

   少女の前を少年が走っている。

少年「(後ろを見ながら)早く早く~!」

少女「(懸命に走っている)ちょっと待って 

  よ~!」

   と、途中で少女が走り疲れて歩き出す。

少女「(少しふて腐れている)・・・」

   顔を上げ、右斜め前を見て立ち止まる。

   ため池の入り口に赤いママチャリが倒

   れている。

少女「(首をかしげる)・・・げんちゃーん!」

   少年は遠くまで走っていて聞こえてい

   ない様子。

少女「(前と右斜め前を見比べ)・・・」

   右斜め前の方向へ走り出す。

 

  ため池入り口(早朝)

   少女、倒れた赤いママチャリの前で一

   度立ち止まり、奥へ進んでいく。

 

  ため池(早朝)

少女「(ゆっくりと歩く)・・・」

   白い花が幾つか咲いている中に千切ら

   れて風に揺れている葉の前を少女が横

   切る。

   鳥がため池から勢い良く飛んでいく。

少女「きゃあ!」

   少女、飛び立った鳥を目で追った後、

   ため池の方向を見つめる。

   ため池までまだ少し距離があり池は見

   えない。

   少しずつ、ため池の側に足を進める。

少女「(覗く)・・・!」

 

  新月川の土手(早朝)

   救急隊員が救急車に乗り、発進させる。

   それを見送る野次馬、少年。

少女の声「げんちゃーん!」

少年「(振り向く)?」

   少女が走って少年の側まで来る。

少女「はぁ、はぁ、(両膝に手を置いている)」

少年「もう救急車行っちゃったよ?」

少女「ため池で・・・ため池で、女の人が浮

  かんでた」

   と、今にも泣き出しそうな顔。

 

  回想終・ため池(朝)

間柴「その落ちた男はまだ、意識が戻ってい  

  ないようだ」

芽田「この事件と関係がありそうですね」

間柴「(うなずき、腕時計を見る)さぁ、署  

  に戻るぞ」

芽田「はい」

 

  同・入り口(朝)

   ビニールシートを掻き分けて間柴と芽

   田が出てくる。

間柴「ここにも野次馬が来てやがる」

   ブルーシートを背にして報道のアナウ

   ンサーがテレビ放送の準備をしている。

   間柴は警察車両の運転席、芽田は助手

   席へ乗り込む。

 

  警察車両・中

間柴「この町も騒がしくなりそうだな」

 

  警察車両の窓越しに映る報道陣

 

  警察車両・中

芽田「(窓の外を見つめる)・・・ですね」

 

  ため池・入り口(朝)

   報道のカメラマンの横にいるディレク

   ターが3、2、1とカウントを始める。

 

  東野中央病院・外

   白衣を着た多田晃(28)が病院から

   出てきて調剤薬局の方へ向かう。

 

  調剤薬局・入り口

   多田、中へ入っていく。

 

  調剤薬局・中

   受付のカウンターと側に長イスが並ん

   でいる。

多田「こんにちは」

受付のおばさん「(顔を上げて)あぁ、こんに 

  ちは」

多田「今日、かなえちゃんいます?」

受付のおばさん「いるよ。 ちょっと待って

  ね(後を向いて)有川さ〜ん」

かなえの声「はーい」

   と、奥から声が聞こえる。

多田「(髪を触って整える)・・・」

かなえ「こんにちは」

   赤い淵のメガネに肩まで掛かるほどの

   ストレートヘアの有川かなえ(24)

   が受付カウンターの窓越に立っている。

多田「(笑顔で会釈)」

 

  東野中央病院・前

   自動販売機の近くのベンチに2人座る。

多田「すみません、急に呼び出してしまって」

かなえ「いえ・・・」

多田「あの事故のことですが・・・」

かなえ「(うつむく)・・・」

多田「中野さんが亡くなって非常に残念で

  す・・・」

かなえ「(うなずく)・・・」

多田「・・・中野さんを嫌っている人はいる

  かもしれませんがまさかこんな事が起こ

  るなんて」

かなえ「・・・」

   多田は飲んでいた缶コーヒーの残りを

   飲み干す。

多田「・・・実は警察は他殺と考えているら

  しく・・・疑いを掛けられているのは、

  はじめなんです」

かなえ「えっ、はじめさんが・・・」

   と、膝に置いていた手でスカートを

   ぎゅっと握る。

多田「・・・」

かなえ「はじめさんは、はじめさんは、そん

  な人ではありません」     

多田「(うつむいた後、立ち上がる)はじめ

  の意識はもう戻ったみたいなので疑いが

  晴れるように話しが出来ればいいのです

  が」

かなえ「・・・意識が戻ったのですか」

多田「はい、ただ・・・記憶がなくなった

  らしく・・・その日の事は覚えていない

  らしいです」

かなえ「・・・記憶喪失」

多田「(うなずく)・・・明後日、休みですよ

  ね? 良かったら一緒に行きませんか?

  はじめが入院している病院はここからそ

  う遠くないので」

かなえ「はあ・・・」

多田「もしかしたら、かなえさんの顔を見

  たら思い出すかもしれないし」

かなえ「(肩に掛かった髪を触る)そんなこ 

  と・・・」

多田「明後日の3時にここで集合しましょ

  う。 じゃ(手を上げる)」

かなえ「(うなずく)はい・・・」

   多田、病院内へ歩いていく。

   かなえは多田の病院へ入っていく多田

   を見つめる。