TOCCHI-NICOLSON

気の向くままに

脚本『忘却の罪』

  町(早朝)

   田舎町の早朝、人通りのない町。

   新月川のせせらぎが聞こえる。

 

  自転車の車輪

   コンクリートの道路を低速でよろめき

   ながら進んでいる。

 

  新月川(早朝)

   川沿いには整備された道があり、そ  

   の上は土手が橋まで長く続いている。

 

  町(早朝)

   鳥のさえずりが響き、より静かな町  

   だと感じさせる。

 

  ウォーキングしている中野の足

   中野洋子(35)のスニーカーがテンポ

   良く交互に動いている。

 

  ため池(早朝)

   人の管理が行き届いておらず木や草が

   生い茂っている。 ため池の周りは有

   歩いて一周出来るようになっている。

 

  自転車の車輪

   ペダルを漕ぐ足が見えるが、左足しか

   見えず、右足のペダルは空を切ってい

   る。

 

  新月川・川岸(早朝)

   釣竿を持ったおじいさんが椅子に座り、

   釣り糸を川に垂らしている。

 

  新月橋(早朝)

   ピンクのジャージを着て歩いている中

   野の後ろ姿。

 

  自転車の車輪

   車輪の動きが止まり左足を地面につけ

   る。 その後すぐに左足をペダルに戻

   し、車輪が進んでいく。

 

  ため池(早朝)

   歩いていた中野が立ち止まり、側に咲

   いていた白い花を摘む。

 

  摘んだ白い花

 

  ため池(早朝)

中野「(花を見つめる)」

   後ろから物音がし、中野が振り向く。

 

  ため池・入り口(早朝)

   両端に草が生い茂っていて、ため池ま

   で通じる道がまっすぐある。

   入り口の手前で自転車が止まる。

 

  町(早朝)

   池に人が落ちる音が響く。

 

  ため池に浮かぶ白い花(早朝)

   ピントは白い花に当てられているが、

   白い花の向こうに中野のピンクのジャ

   ージが際立つように浮かんでいる。

 

  町(早朝)

   町の景色は変わらず微かに川の流れが

   聞こえる。

 

  暗闇

   暗闇の中で徐々に聞こえてくる心臓が

   鼓動する音。

   音がどんどんと大きくなっていく。

   画面が真っ暗な状態から、中心部分が

   白く光り、じわじわと光が広がってい

   く。

 

  病室の天井

   鼓動音が止まる。

 

  病室・中

   4つのベッドがカーテンで仕切られた

   病室。

   一ノ宮 初(28)のベッドは窓側に

   あり、酸素マスクをつけベッドで寝て

   いる。

   頭には白い包帯が巻かれている。

一ノ宮「(目がゆっくり開く)・・・」

   目を開けた後、そのまま天井を見つめ

   ている。

 

  同・ベットサイド

   ベットサイドには置時計と写真立てが

   飾ってある。

   途中途中でピントがずれる。

 

  病室・中

一ノ宮「(ベッドサイドを見つめる)・・・」

   酸素マスクをゆっくりと外し、体を起

   こそうとする。

一ノ宮「(痛そうに)いっ・・・」

   体を元の位置に戻す。

一ノ宮「(写真立てを見つめ)・・・」

   ベットサイドに飾ってある写真立てに

   手を伸ばす。

一ノ宮「(手に取り見つめる)・・・」

 

  一ノ宮が白衣で写る写真

 

  病室・中

一ノ宮「・・・」

   周りを見渡した後、写真を元の位置に

   戻し、痛みをこらえながらゆっくりと

   ベッドから降りようとする。

一ノ宮「(痛そうに)・・・」

   右足を押さえて、ベッドに座る。

一ノ宮「(右足をさする)・・・?」

   仕切りのカーテンが開く。

看護師女「(驚き)一ノ宮さん!」

一ノ宮「・・・?」

看護師女「(慌てて)先生を呼びますので待っ

  ていてください」

   ベッドの足下の所にカルテを置く。

 一ノ宮「(カルテを見つめる)・・・」

 

  カルテ

   カルテには「一ノ宮 初」と名前が載

   っている。

 

  病室・中

一ノ宮「(カルテを見つめる)・・・」

医者の声「一ノ宮さん」

   医者と看護師女がベットサイドまで来

   る。

医者「お〜やっと目を覚ましたね。(心配そう

  に)体の調子は? 痛いところはない

  か?」

   一ノ宮のズボンの裾の所から痣が見え

   る。 

医者「(痣を見つめる)・・・」

   足の付け根から膝の部分まで触る。

医者「(膝をさすりながら)腫れているね・・・

   落ちた時に足を打ちつけたのかもしれ

   んな。 少し安静にしておこう」

一ノ宮「・・・」

   ベッドの側のイスに医者が腰掛ける。

医者「一ノ宮さんが階段から落ちた後、中々

  目を覚まさなかったんだ。 2日間も」

一ノ宮「・・・」

   一ノ宮、まだピンときていない様子。

医者「(申し訳なさそうに)それと・・・警察

  の方が来ているから少し話しをしてくれ

  ないか」

一ノ宮「(医者を見つめる)・・・」

医者「あの事故の事だとは思うが、何も教え

  てもらえなかったから・・・警察の方か

  ら聞いてくれ。 では、また後ほど」

   と、医者と看護師の女は頭を軽く下げ、

   去ろうとする。

一ノ宮の声「すみません」

   医者と看護師女が同時に振り向く。

一ノ宮「・・・なにも、思い出せません・・・」

医者「(聞きなおす様に)えっ?」

一ノ宮「(カルテを見つめながら)僕の名前

  は・・・」

  暗闇

 

  T 『忘却の罪』

 

   真っ暗な中にタイトル。

   徐々に車が通り過ぎる音が聞こえてく

   る。

 

続く